玄関の靴箱の上に置かれた写真立てのイルカ先生が笑う、行ってらっしゃいお帰りなさいと言う。

風を入れようと窓を開け放てば窓際のウッキー君が風に揺れてイルカ先生の声でカカシさん、と囁く。

深夜、部屋の明かりが反射した窓硝子にはオレの隣に笑うイルカ先生がいる。

幸せだ。
寂しくなんかない。
愛されている。


イルカ先生がオレの急所だと思われ、彼は里の中で襲われ殺された。
人間爆弾や全身凶器の忍び達は、ついでに木ノ葉の里を壊滅させたかったらしいがそう簡単にはいかない。返り討ちだ、オレ一人でそいつらを跡形もなく消してやった。
身体は残すものだと怒られたが、オレの怒りは納得してもらえた。
だってイルカ先生の身体は爆発で見事に吹き飛び燃え尽き、残った物は額宛てのハチガネだけだったんだ。
同じ事をして何が悪い。
お互いに覚悟して生きていたから、イルカ先生が死んだ事より身体が残らなかった事への怒りが大きかったからなんだよ。
何も残らないなんて。
胸に穴が空いたようだ。

イルカ先生の部屋の処理はオレに任された。同棲迄には至らなかったが、オレ達は深く愛し合っていたのだから。
ああ、イルカ先生の思い出ばかりの部屋は彼に包まれているみたいでとても居心地がいい。
オレは此処に住むことに決めた。

イルカ先生の遺品整理を始めたが、本や生徒達からの贈り物以外は大きな行李が一つだけ。その中にはイルカ先生が何かと撮りたがった写真の束があった。二人で、そして相手を撮り合ったものだ…懐かしい。
イルカ先生の一番素敵な笑顔を玄関の靴箱の上に飾った。帰宅したら最初に見たいのは彼の笑顔だから。
そうして初日、任務の為に玄関を出ようとしたら靴箱の上の写真がいってらっしゃいと囁いた。
振り向けば、動いて手を振るイルカ先生がいた。
数秒で動かなくなったが確かにイルカ先生はオレに笑い、声を掛けたのだ。
イルカ先生は此処にいる。
イルカ先生はオレを見ていてくれる。
イルカ先生はオレを待っていてくれる。
帰宅すればその写真がお帰りなさいと笑ってくれた。

空気を入れ換えようと窓を開けると、窓際に置いたウッキー君が風に靡いてカカシさん、カカシさん、とイルカ先生の声を聞かせてくれた。
たまに、恥ずかしそうに愛してると囁くのはベッドの上で追いたてた時の声だ。
今日は言わなかったが、明日は言って欲しいな。

オレはカーテンの開閉を気にしない。夜でも開けっ放しだ。
町の明かりがなくなった深夜に、電灯が煌々と部屋を照らし出す。ふと窓に目をやれば、オレの隣にイルカ先生が映っている。
オレの他には誰もいない部屋、イルカ先生は此処にいないのに窓硝子に映っている。
呆然と佇む窓に映ったオレの隣で、イルカ先生ははにかみながら肩に頭を乗せ腕を絡ませてきた。
現実のオレには何も感じられないが、確かにイルカ先生がオレを慈しむ様子が見えるのだ。
手を挙げてイルカ先生に触れてみたが、いや窓に映る彼に触れるように手を動かしてみたが、映っているオレの手は彼の身体をすり抜けてしまった。
たとえ影同士でもオレからは触れないのか。
でも嬉しい。
今でもイルカ先生はオレを愛してくれている。

オレは帰宅して数えきれない程の写真を眺めるのが楽しみとなっていた。


月日がたち、気付いた事がある。
写真の中のオレ達は現実と同じように年をとっているのだ。

イルカ先生の顔に皺が出始めた。
隣のオレも、鏡に映るオレと同じように目尻の皺が見える。

イルカ先生の白髪が増えていく。
オレの頬も張りが失われていく。

思い出した。約束したんだ。
ずっと、一緒に年をとりましょうね、と指切りして。


オレ達はずっと一緒だ。
ほら、今夜も窓に映ったイルカ先生はオレに寄り添ってくれる。
ウッキー君は以前より少し低く落ち着いた声で囁いてくれる。
玄関の写真は色褪せ始めたが、笑顔は益々輝いて見えるんだ。


約束通り、オレが死ぬ迄一緒にいてくれる。
イルカ先生、愛してる。
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