九月十五日迄あと五分。

「こんばんは、遅くにごめんね。」
少し開いているベランダの窓から控え目に、声も落として。
「いえ、構いませんよ。持ち帰りのやつの期限が明日の朝迄で、今までやってましてね。何とか終わらせたんですけどすげー疲れました。て、カカシさん、こんな時間に何かあったんですか?」
忘れちゃいないだろうけど、いつも忙しくて日にちの確認をしそびれるのがこの人だから、オレの誕生日もあと五分だって気付いてないだろう。
あ、あと四分。
「うん、ちょっと気になってた事が。」
終わった書類を纏めて鞄に詰めたイルカに、オレは正座で向き合った。
「あなた、オレに好きだとは言うけど、」
両手を握り逃げられないように片膝も挟んで。
「は、い。」
不穏な空気を察するところは、流石に受付で揉まれているだけあるね。
あと三分。
「愛してるって聞いた覚えがなくてね。」
焦ったイルカは膝を抜こうと立ち上がりかけたが、握ったままの両手を引いたらオレに倒れ込んできた。
抱き留めて続きを耳に吹き込んでやる。
「あなたは誰にでも、好き、って言うじゃない。」
小さく怒りを込めて。
「誰にでも、とは思ってません。」
イルカもオレを睨み付け、反撃してきた。
「つるりと出ちゃうから覚えてないんだよ。誤解する奴等がいるんだからやめて欲しいんだけど。」
「そんなの、いませんから、」
息と言葉の振動で耳に刺激が走るのかイルカの緊張による硬直が解け、代わりに微かな体臭を放ちなから体温が上がる。額に汗が滲む。
あと二分。
「まあいいよ、好きなんて花にだって言うんだから。」
ただね、オレも同列なんだろうかって、気になったら駄目でね。
腕を緩めたら、イルカが体勢を直してオレを正面から見詰めてきた。少し動くだけで体臭がオレの欲をかき立て、押し倒したくなるのを我慢したがそれに気付いたのか、見る見る赤く染まる顔。
あと一分。
「愛してるって、オレだけに聞かせて。」
右の頬に手を当てて。
「愛してるって、オレ以外にはこの先一生言わないで。」
左の頬にも手を当てて。
包み込んだ顔の熱はオレの身体も熱くする。
時間だ。
「愛しています。カカシさんだけを、死ぬ迄、死んであの世でも。」
吐かれた言葉を誰にも聞かせたくなくて、オレはそれを集めるように大きく息を吸った。
それから吐かれるであろう言葉を、じかに受ける為に口を塞いで舌を絡めた。

最高の、オレの誕生日。

長く伸ばされた電灯の紐を引いて暗闇を作った。
柔らかな光に夜空を見上げれば、細くなる途中の月は恥ずかしそうに雲に隠れたから、今日は見逃してやろうかね。
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