五月二十六日、今日は俺の誕生日。
給料日が昨日の二十五日で良かったと思う。でなきゃこうしてケーキなんか──ショートケーキだけど、買えるわけないからな。
ちょっとお高い店でビターなチョコケーキ。人気の苺ショートは退勤後の夕方に残ってる筈はない。まあこの店はチョコも物凄く美味しいからいいんだ。
先月忍者アカデミーの教師になって今月がニ度目の給料日だ。但し先月分が今月支給される仕組みなので、四月の支給分は住居の支度金と家賃補助と三月に試用期間として半月ほど働いた賃金だけだ。だからこのひと月は正直言ってきつかった。
まだ今月も給料は少ないけど、昨夜計算したら誕生日にケーキを買うくらいは余裕があった。
教師になる直前にたまたま同期の女の子がカフェ併設のこの店のテラスで食べているところに出会い、一口だけもらってみたら感激するほど美味しくて、今年の誕生日にはここのケーキを買おうと決めた。
ただ一番小さなケーキの箱でも二個入れるとちょうどいいサイズだから、小心者の俺は真ん中にちょこんと一個っての、申し訳ない気がするんだ。
でも今日は浮かれてて、一人だというのについ二個買っちまった。ああ、ナマモノだから今日中に一人で二個食べるしかないんだよな。
何故かというと今年は梅雨前線が早く伸びてきて木ノ葉の里の上空に留まるという予報で、一個食べてもう一個を壊れかけたぬるい冷蔵庫に明日まで入れておくのが怖いからだ。
ほら、帰宅したら部屋の中がなんとなく蒸し暑い。
さあ腐らせちゃもったいないから、頑張るか。
「おや、この部屋、新しい人入ったんだ。」
外から声がする。開け放した窓の向こう、ベランダの手すりに腰かけているのは……えっ……。
「君、いつから?」
「え。あ、三月の……頭からです。」
生まれて初めてみた暗部。わあ、本当にいたんだ。
俺よりは年上のようだけどまだ若い。それなのに独特の落ち着きと威厳があって流石だなと、俺はじろじろと暗部の人を見てしまった。
「珍しい?」
「はい、初めてお見かけしたので感動しています。」
「へえ、怖くはないの?」
こくりと頷くと、暗部の人は手すりから下りて部屋の中へと顔を覗かせた。卓袱台の上の二個のケーキを見詰める。
「あ、俺今日誕生日なので。」
「じゃあ今から誰か来るんだ、邪魔したね。」
取っておきの皿に一個ずつ乗せてあるからだろう、暗部の人は一歩下がって外に出た。
「違います、誰も来ません。彼女でもいたらいいんですけど、俺全然もてないし。」
少し焦ったように否定してしまった。
俺がここで間違えて余計なことを言ったのだと気づいたのは、ちょっと後の事。
「もう一個はどうするの?」
立ち上がった癖毛の白い髪と面が斜めに傾ぐ。
「お暇ですか?」
思わず尋ねてしまった。特に意味はなく。
「ああ、帰るだけ。」
彼の自宅から火影様のところへの往復に屋根の上を飛んでいるらしい。で、このアパートで屋根は終わって俺の部屋のベランダの手すりから何十メートルか先の木立に跳ぶ。そこからは表通りとアカデミーと本部棟まで、点在する樹木で一直線だ。
どうやらこの部屋には一年ほど入居者はいなかったらしく、不動産屋に案内された時に埃と黴の臭いが気になったのはそういう訳だったのかと合点がいった。
「別にお顔が見たいわけではなく、俺一人ではケーキ二個はきついかなと思っていて。どうか助けてください。」
正座して畳の目が数えられるほど下を向いてじっと返事を待つ。この人が怖くないのも不思議だけど、なんだかもう少し話をしたかったのも本当のこと。
「オレさ、甘いものってあんまり好きじゃないんだ。残してもいいなら少し付き合ってやってもいい。」
躊躇ったのちの答えに俺は勢いよく顔を上げた。面の向こうの目が僅かに部屋の電灯を反射している。
あっ部屋に入ったんだ、とそこでやっと気付いた。
ケーキの甘さを打ち消すために濃いめのブラックコーヒーを淹れると、すんと香りを嗅いで暗部の人は笑った。
「ありがとね。」
「いえ、こちらこそ。一人じゃないのが嬉しいです。」
アカデミーではまだ先輩教師達とも親しくはなくて、今日誕生日だなんて言えなかった。だから思いがけないお客さんに、本当に俺は喜んだ。
「……甘いな。まあコーヒーもあるからぎりぎり食べられるけど。」
「無理しなくていいですよ。」
「ううん、オレが祝ってあげたいから。」
優しい人だ。面の脇から少しずつフォークでケーキを口に入れる姿に、俺の笑みは止まらない。嬉しい。
暗部の人は俺の他愛もない世間話をずっと聞いてくれた。彼の事は何も聞けないけれど、それでも楽しいと思った。
「ねえ来年の今日、夜は里にいるようにするからまたケーキを買ってきて。勿論二個だからね。絶対に。」
「はい、絶対に。」
俺は思いきり頷いて約束してしまった。どうしてか断るという選択肢は選べなかった。
食べ終わったら暗部の人はすぐ帰っちゃったけど、その翌日俺の部屋のドアノブには小さな花束がビニール袋に入れてかけてあった。

その花はドライフラワーとなって、彼と初めて会ったあの窓際にかけられている。術を使ったからニ十年経ってもまだ綺麗に色が残っていて、それを見る度に思い出も甦る。
「すみません、予約のケーキを二個ください。」
「はい校長先生、ご用意してありますよ。お誕生日おめでとうございます。」

あのまま習慣となって、俺は今年も自分の誕生日にケーキを買っている。そして彼は律儀にこの日だけはベランダから帰ってくるんだ。
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