気が付いたのはたまたまだった。何時もなら目が行くはずの無い所。
手の甲や手首など、忍びであれば切り傷は当たり前のようにあるから。
しかし、その傷痕は不自然に手首に真っ直ぐに付いていた。その傷の直ぐ脇にも同じような一本の傷痕。鋭利な刃物を思い切り滑らせたような。
俺は受付でいつも通りに書類を差し出し、目の前の男の手の動きを眺めていた。右手に筆。そして左手で書類をめくる。そのめくった時に反される手首に、見付けたのだ。
イルカ先生?
眉をひそめた俺に気付かず、下を向いた侭記入を続けるこの人の過去に、何があったのか。あのこどもの頃の災害の後? ナルトを庇い続けて受けた理不尽な虐め?
余りにも真っ直ぐだから、忍びとして生きるには辛かろうと思われた。いや今まで生きて来たのだから、それなりに強い心を持っているのだろうけれど。人も殺して来ただろう、誰かを踏み台にしても来ただろう。ただ甘くて優しいだけの人じゃ無いってのは判るが、手首の傷は決して躊躇ったものじゃ無い。
暑いですね、と言いながら腕まくりをしてもう少し待ってて下さい、見付からないんですあと一枚、と肘まで晒した白い腕を。
何気ないその動作で晒された腕に、よく見ないと判らない古い傷が、手首と同じ真っ直ぐな細い線が走っている。肘の内側の柔らかい部分だ。
手首も肘もかなり古い傷のようだ。他の新しい傷は戦いや授業の実習で付いたようなものだけなのを確認して、俺はホッとする。何を心配しているのだろう、自分には関係無い事じゃないか。
イルカ先生が顔を上げ、俺を見て微笑む。大変お待たせ致しましたと頬を染め、今日は書類が多くて手間取りました、申し訳ありません。下げる頭を横から覗き込み、俺はつい言葉にしてしまった。
今は、幸せなんですか?
下げた頭の直ぐ横で囁いたものだから、イルカ先生はその顔を横にぐるっと回し、俺と正面から見詰め合う形になった。
言われた言葉を咀嚼するように固まった数秒後、満面の笑みを返してくれた。イルカ先生は多分、俺の視線にずっと気付いていたのだ。
はい、カカシ先生のお陰で。
その頬は更に染まっている。ああ…この笑顔を守ってあげたいと、本気で思ってしまった俺も大概だが。
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