15

笑いかけられ、すうっと気負いが抜けて楽になる。どうしてだろう、カカシ先生が言うと俺はとても安心する。いやまずカカシ先生がいるだけで安心するんだ。今は彼が強いから守ってもらえる、という理由だけど根本はそうじゃなくて──。
瞬間突然閃き、あっとイルカは声を上げた。
なんで今まで忘れていたんだ、こんな大事な事を。
片手で頭を抱え腰を折って、イルカの声に驚き見詰める二人に向かって慌てて謝罪する。
「すみません、本当に今頃なんですけど一点だけ思い出しました。俺、捕まった時に研究員の一人をちらっと見たんです。」
唐突に頭をよぎった赤髪の少年。一瞬だから顔は見えなかったが、十代後半だろうと推測する。しかし後から聞いたことがあると思い出した二人の声は、自分と同じくらいの青年のような気がしたのだ。
声にも年齢がある。特殊な訓練でもしない限り、変声期を終えたあとは見た目と直に比例しないがそれなりに年を取っていく。
研究員は面識のある俺に自分達の姿を見られても気付かれないように、外見を術で変えたのではないか。だが声にも年齢がある事は知らなかったか、それとも少しばかり高い声を出せば気付かれないと安易に思ったのか。
毎日突拍子もない事をしでかしてくれる子供達に見事に対応する、若きベテラン教師の観察力は舐めてはいけない。ましてや忍びの端くれでもある。イルカは捕らえられてから、無意識に記憶できるもの全てを記憶していたのだ。
イルカは身振り手振りを交えて仔細を報告した。
「なるほど。他人に成りすますには外見やチャクラの質を変えれば良いと思い、声質はまず気付かない。いや頭が働かなかったんだろうね、きっとそいつは外見が幼くなっただけで安心してる。」
そろそろ足がつくと思い元には戻らずその姿で行動している筈でしょう、とカカシが三代目を見れば彼は大きく頷き控えていた暗部二人に研究員探索の指示を出した。
「研究員達はほぼ確実に二人で行動しておる。任務の実践経験が殆どない彼らが離れる事はないだろう。そのボスとやらも見付けるのは時間の問題じゃ。」
三代目と話し込むカカシの顔を、イルカはそっと盗み見た。俺に付いていたいと言ってくれたらしい。敵に捕らえられた事は想定内だったが、俺が怪我でもしていたら相当の報復が彼らを待っていただろうと暗部の女隊長はこっそり教えてくれた。
──貴方はカカシにとって特別なのね。
別れ際に言われた言葉が、含みを持ったような彼女の声で甦る。カカシにとって、大事な恩師の忘れ形見の面倒を見てきたイルカはそういう意味では特別だ。怪我でもさせられたらナルトが黙っちゃいない事は誰にでも判る。でもだからって腫れ物に触るように、そこまで過保護にされても。
「ん、そうそうイルカ先生。」
カカシを見詰めたまま感傷に耽っていたから、振り向いたカカシとしっかり目が合う。イルカは湯が沸いた薬缶のようにかっと頭に血が昇るのが解った。多分頬も耳も赤く染まっている。
けれど日焼けで真っ黒なこの時期だから判りにくいだろうと都合よく思い直し、イルカは動揺を隠して奥歯を噛み締めた。
「は……い。」
「もう一度狙われるかもしれないからさ、これからは家に帰らないで。勿論アカデミーも出勤停止ね。」
身体をイルカの正面へと向けて、カカシは一歩前へ踏み出した。ゆっくりと言い聞かせるように、人指し指をイルカの鼻先へ持っていく。
「え、そんな……。」
イルカの動揺は先ほどより遥かに大きい。自分の仕事が、と呟けば三代目は厳しい顔で任務扱いだと一枚の紙を掲げた。年寄りの心臓に悪いとぶつくさ言うほどもうイルカに危ない目にあってほしくない事を、カカシには隠しもしない。
「という事で、オレが貴方を守る為に付いています。」
「付いて、ってそれはどういう……、」
「文字通り、一日中一緒に行動するという意味です。」
は、と口を開けたままイルカは固まった。その目を覗き込んでカカシが小さく手を振る。
「先生?」
いやだって結構な人数が捕まったんだろ。俺を直接拐った三人だって、木ノ葉の忍び達なら簡単に見付け出せるんじゃないのか。
「あ、いえ、驚いたんで。わざわざカカシ先生がって……まだそんなに危険なんですか。」
「んー半分は。もう半分はこの心配性のお方の為ですよ。」
ひいてはナルトの為ですから、とカカシはイルカに言い含めて行動制限を承知させた。
「それでな、火影屋敷も今は息子達が出ていってしまってるから部屋が余っとる。暫くお主らは離れにいてくれ。」
火影の息子達のうち三男のアスマだけは忍びとなったが、上二人は親に反発してか一般人として里外で暮らしている。母屋と廊下一本で繋がる離れは歴代の火影が書斎と特別な応接室として使っていたものだが、三代目は使った事がない。
埃を被っている巻物の整理でもしておれ、と嬉しい事を言ってもらえた。
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