13

イルカ、と穏やかな声に振り向いた。三代目が水晶玉を机の真ん中に据えて、こちらへ来いと呼ぶ。
「長いことは遡れんが、カカシの様子を少し見せてやろう。お前はあやつの戦い方を知らんのだろう?」
正面に立ったイルカはこくりと頷いた。
「これは木ノ葉の里内の現在の様子を映し出すものだ。だが儂は長いことかけて、どうにかその映像をほんの少しだけだが遡って記録できるようにした。」
気配やチャクラがその場に残るうちに残像として水晶玉から巻物に移す、という三代目の火影の話に一応理論上は可能だなとイルカは考えた。真面目で研究熱心な老人が老いているのは外見だけかもしれない。
「どのくらい時間を遡れるのでしょうか。」
「まあその時の様子によって違うが、五分から十分程度だ。戦闘時はエネルギーの発露が多すぎて、かえって画像がぶれやすくなる。」
見ろ、と開かれた巻物の上にぼんやりと動く人物が浮かび上がる。水晶玉の中がそのまま記録されているらしい。
カカシが森の中で木の上を走り、その周囲を何人かの敵が囲みながらどこかへ移動している。
「カカシは敵を誘導し、里の中心から離れて行っておる。追う奴らは各里の抜け忍の集まりじゃ。」
イルカも忍びだ、動体視力はいい。カカシを追う者達の額当てのマークには、抜け忍の証の横一本線が引かれているのが見える。霧、砂、木ノ葉、他に遠くの小さな里の者もいた。
突然その様子がぷつりと消えた。あ、とイルカが思わず残念そうな声を出す。
「心配するな、その続きはある。見えにくいがちゃんと最後までな。」
眉を下げた不安そうなイルカを、火影は他の誰にも見せない優しい目で見上げた。だがイルカには、特別扱いされている自覚はさらさらない。しっかり者だけれどうっかり者でもある彼は、誰からも愛されているのに向けられる愛情には全く気付かないのだった。
二本目の巻物が開かれると今度はかなりぶれた画像が浮かび上がった。動きが速すぎる事と、身体の表面にまで膨れ上がるカカシのチャクラのせいだろう。
何か会話を交わしているらしいが、声は聞こえない。やがてカカシが襲ってくる敵を一人ずつ返り討ちにし、全員を生え放題の雑草の中に蹴落として戦闘は終わりを迎えた。そこでまた画像が途切れた。
多分三分もかかってはいないだろう。イルカが数えただけで六人はいたが、薄暗くて見えなかった奥にも敵はいたかもしれない。カカシの動きが速くクナイや手裏剣を投げる動作も最小限だった為に、更に何人かは倒していたとしても不思議はない。
アスマや紅、ガイたちとともに上忍の頂点に立つ。気軽に声を掛けられる人じゃなかったな、と今更ながらイルカの胸にちらりと後悔がよぎった。
「イルカを囮にして申し訳ないと、カカシはずいぶん気にしておった。陰でお前に付いていてやりたいと申し出たが、カカシを目の前にちらつかせれば賞金首として金を目当てに勝手な行動に出る奴らもいるだろうと思ってな。奴らを分散させるためとはいえ怖い思いをしたな、すまなかった。」
「いえ、簡単には俺を殺さないと思ってましたからその点は大丈夫です。暗部の方々が側にいらっしゃるとも思ってましたし。」
それほどの人数が入り込んでいたなんて、全く解らなかったのは何故だろうか。イルカは尋ねる。
「でもその抜け忍達は、最初は利害一致の仲間として里に入り込んだんですよね。そもそもいつからそれだけの人数が町中にいたのか、優秀な木ノ葉の忍び達が気付かないわけがありませんよね。」
「今見たものに限っては金に釣られた奴らのようだから、もらえる予定額の何倍にもなるカカシの首を取った方がいいと思ったのじゃろう。主犯者も寝返るのも計算に入れて相当数を雇ったようだ。しかも寝返りで里を混乱させる事も視野に入れていたとすれば、そのボスと呼ばれる男はかなりの切れ者だ。」
そうですね、と肯定しながらイルカは少し違和感を感じた。仲間を裏切るなんて、いやその前に誰もお互いを仲間とは思ってもいなかった筈だ。全ては三代目の言うとおりなのだろうけれど。
「三代目。雑魚は全てカカシ先生と暗部が片付けたそうですが、肝心のボスはどうしたのですか。それにそいつには木ノ葉の若い忍びが二人付いていました。」
その二人が試薬を盗んだとしか思えない、と纏めた考えを話せば試薬も取り戻す為に動いておると返事をしながら火影は小さな欠伸を見せた。
昨夜はあまり寝とらんでな、と温くなった玉露茶をすする。コーヒーは苦手で眠気覚ましには濃い玉露なのじゃ、と遠い昔に聞いた。火影はここでひと晩ずっと水晶玉で様子を見ていたのかもしれない。
イルカは泣きたかった。自分がもっと気を付けていれば、皆に余分な手間を掛けさせなかっただろう。中忍でしかない、弱い自分に嫌気がさす。
「おお、カカシが戻るぞ。」
イルカはドアに向かって走り出した。



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