カカシと三代目は黙ってイルカの次の言葉を待った。
「お金待ち、なんですよ。それも現金を持ち歩く類いの成金で。」
イルカは札束を団扇代わりに扇ぐ真似をしながら片眉をひょいと上げる。見詰める二人には意外だという顔をされ、自分だって裏を見てますからと視線を横にずらして頭をかいた。
「皆さんあまり良いとは言えないお仕事をなさってて、ぎりぎり法に触れないので野放し……いえ見逃されておりました。」
被害者達の名前を羅列したページを広げ、主にカカシに向けて一人ずつ仕事や家庭の説明を始めた。

殺された里の一般人達は、大金持ちといえる程の財力があった。殺害された後に家人や従業員に確認すれば、いつも懐に入れて持ち歩く札束を盗まれていた。イルカの知る限り、料亭を一日貸し切りしてもまだ余る金額だったり庭付きの新築物件をその場で買える程だとか。
皆一様に現金を持ち歩く習慣があった事を、襲った奴らがどうやって知り得たのかは謎だ。仲間を雇う為の資金調達か、盗まれた試薬を完成させる為の人件費か、はたまた。
「四人の犠牲者も、まあちょっと天狗になったんだねえ。成り上がりには往々にしてある事だけどさ。」
更に四人の共通項がないかとカカシはイルカに問う。さあ、と首を傾げてからあっと目を見開いたイルカの正面にカカシは顔を突き出した。
一歩引いてから、食いつかんで下さいと困ったように笑ってその胸を押す。
「任務の依頼が時々ありました。まあ蔵の掃除や荷運び程度ですけれど。」
「荷運びとはなんじゃ。」
「文字通り、商売物を買い上げた相手の所まで運ぶのです。」
後で依頼書を調べてみます、とイルカは眉間に皺を寄せた。
カカシと火影は顔を見合わせ頷き、ポンと小さな音を立てて二人になったカカシの片方が扉からすっと出ていく。
「イルカ先生が行ったら駄目でしょ。四人の依頼書を全部ピックアップして持ち出したら、その場で襲われかねない。相手の力は上忍クラスと思っておいた方がいい。」
まあ繋がりがあって不味い場合ですけどね、とカカシは呟いた。
「あ、迂闊でした。申し訳ありません、まずあらゆる状況を想定すべきでした。」
項に手をやりひょいと頭を下げたイルカの、その手の小指にカカシが気が付く。爪の生え際の小さな血豆。傷付いて捲れた皮膚。
「先生、その小指は?」
聞かれてイルカはふと小指を見る。もう殆ど痛くなかった為に忘れていた。ああ実はあの時涙を出す為に、と馬鹿正直に答えたものだからカカシも三代目火影も呆れてそれから怒りだした。
せめて絆創膏くらい貼れと二人から同時に責められ、イルカはぷうと膨れる。
「じいちゃん、俺もう大人だし。カカシ先生も、アカデミーで生徒と転んだりして俺のもっと酷い怪我を見てるじゃないですか。」
ひ弱なわけでない、体格は平均以上で中忍だしアカデミー教師は体力も多分並みよりはあるだろう。
それでもイルカには庇護欲をかき立てられるところがある。世話を焼きたくなる、というのが正しいのだろう。
アカデミーでも受付でも、頼られはするが可愛がられもするのだった。
やがて分身のカカシが戻ってきた。手には依頼書の束がある。この短時間で四人の依頼を全て探し出したのだ。
どうやって? そこは権力で、と人さし指を立ててカカシが答える。
カカシが火影命令でと言えばもうそれで話が通る、なんて羨ましい。イルカはちょっとだけしょげた。
「では、俺はアカデミーに戻りますね。見張られているならそろそろ怪しまれますから。」
「ああ随分経つものね、お疲れ様。」
カカシがぽんとイルカの肩を叩いてふわりと笑い掛けた。柔らかな雰囲気になんだか戸惑い、耳と頬に熱が集まる。赤くなった顔を見られたくなくて、イルカはさっさと歩きだす。外へ出る為の扉までの数歩にカカシが追い掛けてきた。
「ねえ、イルカ先生。小指の傷口、消毒した?」
「もう大丈夫そうなので今日はしてませんけど。」
ドアの前で三代目に背を向け、カカシはイルカの手を取る。三代目はカカシが持って来た依頼書を細かく読み始めて、二人の会話は耳に入っていない。
見せて、と無理矢理手を取られてカカシの目の前に掲げられた。居酒屋では隣で肩がぶつかっても気にならないのに至近距離でじろじろと見られる事が胸の鼓動を速め、イルカはそっと足元に目を逸らせてゆっくり息を吐いた。
ぬるっと小指が温かな何かに包まれた。何、と顔を上げるとイルカの小指はカカシの口に咥えられていた。ぬめる舌が小指の周りをぐるりと舐めて、すぼめた口がちゅうと小指を吸った。
──ひい。
イルカの目がかっと見開かれ、声にならない叫びが空中に舞った。
カカシの手が自分の手首を掴み、形の良い唇が薄く笑いながら小指を食んでいる。なんで。
「やだな、怖がらないでよ。治りきってないのに消毒してないって言うから、心配で消毒してるの。」
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