5月の終わり近く、イルカ先生の誕生日に奇跡的に二人して休みが重なった。お祝いしてくれるなら一日二人きりでいたいと言うので、先生の言うとおりにここまで来たんだけど。
演習場の森の奥に、こんな開けた広場があることを知らなかった。
最近はオレが火影になる準備で忙しく、陽に光る新緑が美しい事すら忘れていたなと辺りを見渡しているうちに、イルカ先生はびっしり生えた芝生のような下草にごろりと寝そべった。両手足をうんと伸ばして、気持ち良さそうに笑って目を瞑る。
「お天気もいいし、誰もいないし、ほらカカシさんも来て。」
手招きされてオレはイルカ先生の隣に座ろうと地面に膝を着いた。
途端にこっち、と腕を引かれて倒れ込んだのはイルカ先生の胸の上。誰もいない安心感からか、先生はそのままオレをぎゅうと抱き締めた。
「イルカ先生、どうしたの今日は。」
ちゅっと鼻先にキスをすれば、くすぐったいと笑いながらオレの顔を両手で挟んだ。すっと笑いを引っ込めじっと見詰める真っ黒な目には、見る見る薄く涙の膜が張ってきた。
え、オレ、なんかやらかしたか──。絶句し頭をフル回転させて懸命に思い出そうとしたが、まるきり心当たりがない。焦るオレの心を見透かした先生は、違いますよ嬉しいんですよと目をしばたたかせ唇を震わせながら無理矢理笑った。
「すみません、幸せすぎて。」
「そう? ならそれは貴方が引き寄せた幸せだよ。」
例え本当に幸せだったからだとしても、愛する人の泣く姿は心臓に良くない。くるりと位置を入れ変えてオレが下になり、先生に腕枕をしてやると縋りつくように背中に腕を回してきた。
ごめんなさいとくぐもった声が聞こえる。オレはぽんぽんと背中を叩く。
「貴方が謝る事は何もないでしょ。」
やがて落ち着いてきたイルカ先生が、実は久し振りに夢を見たんですと躊躇いがちに話し始めた。
オレが一度死の縁から転げ落ちた時。
あの時は本当にオレ、完全に死んだんだって。ほんの少しの時間だったらしいが、早くに亡くなった親父に会って色んな話をしたから意識を取り戻すまでに何日も経ったような気がしていたけれど。
イルカ先生もその時かなりの重傷を負って、死ぬほどではないにしても意識は朦朧としていたらしい。そして魂というかその意識がオレの居場所を突き止めて、そっとオレと親父を見守っていたのだという。
先生は自分の半透明な身体が空を飛んでいる事で、ああこれははたけカカシに何かが起きたのだと冷静に悟った。身体は病院のベッドの上で、意識がすっと抜け出して勝手に遥か彼方を目ざしている間に、ある程度の覚悟を決めたらしい。
オレとイルカ先生は一緒に住んでいたが、忍界大戦の始まりの頃からは殆ど顔を合わせる事はなかった。お互いのいるべき場所が違ったからだ。
それでも暇を見つけて連絡を取り合っていた。たった一行の元気ですって文字で、オレ達は明日への希望を見出していたのだった。
「それでね、お二人で静かに笑い合う姿にああやっとわだかまりなく心が通じ合ったんだなと、俺もちょっとジンときたんです。」
距離があって会話は聞こえなかったが醸し出す雰囲気に安堵したのだと、イルカ先生は涙を袖で拭ってオレの髪を撫でつけた。
「それで貴方が生き返ってそこから消えてしまった後、サクモさんが宙に浮かぶ半透明の俺を見つけちゃいましてね。」
オレの胸に額を付けると、先生は顔を隠して思い出し笑いをする。
「なあに、親父と内緒話したの? 何を話したのさ。」
拗ねてみせれば笑いながら柔らかな唇をオレの頬に押し当てるが、仲間外れにされた気がしてオレはぷいと横を向いた。
「君、うみの夫妻のところの子だよね。……そう仰って、ありがとうって頭を下げてくださいました。」
驚いたオレは先生を振り返る。知り合いだったのか……、いや先生のご両親も上忍だったから有り得るけれど。
「それから何を?」
「カカシが心配で来ちゃったの?って。でももう帰ったから君も帰りなさいってサクモさんが手を振ったら、俺の身体が浮いて行くんです。後ろを振り向いたら、カカシをよろしくねって笑ってくれていました。」
「何それ! 初めて聞いたんですけど!」
先生と親父との二人きりの秘密なんて、物凄く面白くない。
「いや俺も都合のいい妄想だと思っていたんですけど、カカシさんからその話を聞いて事実だったんだって驚いたんですよ。」
でも俺の体験を信じてもらえるかなって躊躇してたら、いつの間にか忘れちゃって──。
イルカ先生は平然と話すが、オレはまだちょっと拗ねていたい気分だ。だって大戦終わってからどれだけ経ったと思ってんの。何でそんな大事な事を話してくれなかったのかなぁ。
……まあ、でも、親父が認めてくれたんなら、ね。
いや待て、親父がうみの夫妻を知ってたならオレとイルカ先生ももしかして小さな頃に出会ってたのか?
親父いぃぃぃ! もう一度会ってそこを聞きたいんだけど!
お願いだから化けて出てくれえ!
演習場の森の奥に、こんな開けた広場があることを知らなかった。
最近はオレが火影になる準備で忙しく、陽に光る新緑が美しい事すら忘れていたなと辺りを見渡しているうちに、イルカ先生はびっしり生えた芝生のような下草にごろりと寝そべった。両手足をうんと伸ばして、気持ち良さそうに笑って目を瞑る。
「お天気もいいし、誰もいないし、ほらカカシさんも来て。」
手招きされてオレはイルカ先生の隣に座ろうと地面に膝を着いた。
途端にこっち、と腕を引かれて倒れ込んだのはイルカ先生の胸の上。誰もいない安心感からか、先生はそのままオレをぎゅうと抱き締めた。
「イルカ先生、どうしたの今日は。」
ちゅっと鼻先にキスをすれば、くすぐったいと笑いながらオレの顔を両手で挟んだ。すっと笑いを引っ込めじっと見詰める真っ黒な目には、見る見る薄く涙の膜が張ってきた。
え、オレ、なんかやらかしたか──。絶句し頭をフル回転させて懸命に思い出そうとしたが、まるきり心当たりがない。焦るオレの心を見透かした先生は、違いますよ嬉しいんですよと目をしばたたかせ唇を震わせながら無理矢理笑った。
「すみません、幸せすぎて。」
「そう? ならそれは貴方が引き寄せた幸せだよ。」
例え本当に幸せだったからだとしても、愛する人の泣く姿は心臓に良くない。くるりと位置を入れ変えてオレが下になり、先生に腕枕をしてやると縋りつくように背中に腕を回してきた。
ごめんなさいとくぐもった声が聞こえる。オレはぽんぽんと背中を叩く。
「貴方が謝る事は何もないでしょ。」
やがて落ち着いてきたイルカ先生が、実は久し振りに夢を見たんですと躊躇いがちに話し始めた。
オレが一度死の縁から転げ落ちた時。
あの時は本当にオレ、完全に死んだんだって。ほんの少しの時間だったらしいが、早くに亡くなった親父に会って色んな話をしたから意識を取り戻すまでに何日も経ったような気がしていたけれど。
イルカ先生もその時かなりの重傷を負って、死ぬほどではないにしても意識は朦朧としていたらしい。そして魂というかその意識がオレの居場所を突き止めて、そっとオレと親父を見守っていたのだという。
先生は自分の半透明な身体が空を飛んでいる事で、ああこれははたけカカシに何かが起きたのだと冷静に悟った。身体は病院のベッドの上で、意識がすっと抜け出して勝手に遥か彼方を目ざしている間に、ある程度の覚悟を決めたらしい。
オレとイルカ先生は一緒に住んでいたが、忍界大戦の始まりの頃からは殆ど顔を合わせる事はなかった。お互いのいるべき場所が違ったからだ。
それでも暇を見つけて連絡を取り合っていた。たった一行の元気ですって文字で、オレ達は明日への希望を見出していたのだった。
「それでね、お二人で静かに笑い合う姿にああやっとわだかまりなく心が通じ合ったんだなと、俺もちょっとジンときたんです。」
距離があって会話は聞こえなかったが醸し出す雰囲気に安堵したのだと、イルカ先生は涙を袖で拭ってオレの髪を撫でつけた。
「それで貴方が生き返ってそこから消えてしまった後、サクモさんが宙に浮かぶ半透明の俺を見つけちゃいましてね。」
オレの胸に額を付けると、先生は顔を隠して思い出し笑いをする。
「なあに、親父と内緒話したの? 何を話したのさ。」
拗ねてみせれば笑いながら柔らかな唇をオレの頬に押し当てるが、仲間外れにされた気がしてオレはぷいと横を向いた。
「君、うみの夫妻のところの子だよね。……そう仰って、ありがとうって頭を下げてくださいました。」
驚いたオレは先生を振り返る。知り合いだったのか……、いや先生のご両親も上忍だったから有り得るけれど。
「それから何を?」
「カカシが心配で来ちゃったの?って。でももう帰ったから君も帰りなさいってサクモさんが手を振ったら、俺の身体が浮いて行くんです。後ろを振り向いたら、カカシをよろしくねって笑ってくれていました。」
「何それ! 初めて聞いたんですけど!」
先生と親父との二人きりの秘密なんて、物凄く面白くない。
「いや俺も都合のいい妄想だと思っていたんですけど、カカシさんからその話を聞いて事実だったんだって驚いたんですよ。」
でも俺の体験を信じてもらえるかなって躊躇してたら、いつの間にか忘れちゃって──。
イルカ先生は平然と話すが、オレはまだちょっと拗ねていたい気分だ。だって大戦終わってからどれだけ経ったと思ってんの。何でそんな大事な事を話してくれなかったのかなぁ。
……まあ、でも、親父が認めてくれたんなら、ね。
いや待て、親父がうみの夫妻を知ってたならオレとイルカ先生ももしかして小さな頃に出会ってたのか?
親父いぃぃぃ! もう一度会ってそこを聞きたいんだけど!
お願いだから化けて出てくれえ!
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