「クリスマスなんて行事、随分定着したよね。此処にも必要とは思えない物があるし。」
それは両手に乗るほどだが案外邪魔になる大きさだった。執務机に鎮座するクリスマスツリーを取り上げると、カカシは文句を言いながらそれを脇のワゴンに乗せた。
イルカが決裁を求めた書類の束を机の上いっぱいにトランプのように広げ、先に項目だけを確認していく。
急いで目を通しながら判を押す先代火影の懐かしい姿に、イルカはふっと小さな笑いを溢した。
「このツリーはヒマワリからなんですよ。」
え、とカカシは手を止め正面のイルカを見上げる。ポカンとした顔にイルカは笑いを堪えられなくなり、歯を見せて笑ってしまった。
「カカシさんが、代わってやるって言い出すとは思わなかったんで。」
「どういう事?」
「どうせナルトはクリスマスも帰れないだろうから、せめてツリーを置いて気分だけでも味わってくれとヒマワリが持たせたそうです。」
「あー…、そうか…。」
邪険にしてごめんねとひとりごち、カカシはツリーを元の場所に戻した。
「でも、いくらかわいそうだといっても、カカシさんだってお暇じゃないでしょう。」
どこか含んだような、小さな刺を感じるイルカの物言いに、カカシは僅かに眉を寄せた。
「いや、さ。あいつが月に何日家に帰ってるか聞いた時にね、オレ以上に仕事馬鹿なんだと思ったら…つい口が。」
「ええ、それは俺も思ってましたけど。ナルトは月に何日帰れてるんですか?」
口調は以前のように親しげに聞こえるが、声は以前より固くなっているとカカシは思った。
以前といってもカカシが六代目火影になってからだから、十年は軽く越えている。昔々と言った方がいいんじゃないだろうか。
あれからイルカとの私的な付き合いは一切ない。一楽のラーメンにすら一緒に行っていない。
「カカシさん?」
「あ、うん、先月は週三日は必ず帰れたって胸を張ってたけど、それだって深夜だし。今月は昼間着替えを取りに四回ですって。」
卓上カレンダーを眺めながら肩を落とし、カカシはイルカに同意を求めた。
「それを聞いたら、先生だって代わってやると言うでしょ?」
「…言いますね。」
「揉めましたよ。イブを含めて二日間代わるよって言っても、半日でいいって言い張ったの。今日もシカマルに強制連行させてさ、大変だったんだから。」
「影縛りでぎくしゃくしながら帰るのを見て、皆笑ってましたよ。」
次第に昔のように言葉が砕けていくカカシに、イルカは心の中でほっと息をついた。
カカシこそ、殆どこの部屋に寝泊まりしていた事を知っている。お嫁さん候補を何人も秘書につけられても、彼女らが三日ともたなかったくらいに多忙だったカカシに、色んな意味で胸が痛んだものだ。
秘書が変わったと聞けばああまた破談なんだと喜びながら、目の下の隈を見て世話をする人が現れる事を願っていた。
今もカカシは自分から仕事を求める事をやめてはいないが、言動は大分落ち着いている。貫禄が出てきた。その理由は―。
「カカシさん、」
呼びかけてからイルカは言葉を探した。
「なあに?」
優しい目がイルカの心を貫くようで、思わず下を向く。もう用は終わったから出ていかなければならない。けれど、動けない。
「イルカ先生は、代わってくれる人はいないんですか?」
意外な事を言われて顔を上げれば、真顔のカカシがじっとイルカを見詰めていた。
「あ、今日は、これを事務に回したら年末処理に取りかかります。」
「先生、返事になってないよ。」
自分との間に壁を積み上げ、距離を取られている。気づいてカカシはきつく拳を握った。
「…すみません。俺は一応校長ですので、この後もそれなりの仕事がありまして。」
ならば校長より上の者が命令すればいいのだ。
「七代目火影代理の、はたけカカシが命令します。」
手近なメモ用紙にイルカ先生を帰宅させろ、という一文を書いて判を押す。
「帰って、どうしろと…。」
その紙を手にしたまま、イルカは呆然としていた。書類を届けるだけで何故こうなったのか。
「貴方もオレも、先に帰らないと部下達が帰らないでしょ。それはかわいそうだと思わない? クリスマスは年に一度しかないんだから、特に恋人達には。」
立ち上がったカカシが机の向こうのイルカに手を伸ばし、ぐいと引き寄せる。
いつの間に机を飛び越えたのかは知らない。息苦しいと思ったら、イルカはカカシに強く抱き締められていた。
「ナルトと代わればクリスマスは貴方の近くにいられると思ったんだけど、それじゃあ満足できなかったよねえ。」
嘘だろう。イルカは硬直したまま声を絞り出した。
「だって、貴方は、今は、お嫁さん候補が側にいるって…。」
「冗談。側にいるのは護衛の暗部だけ。」
どこからか声が聞こえた。
「カカシ様にはイルカ先生しか近寄らせません。」
それを聞いてぽうとイルカの頬が赤らむ。
ああそうか、暇じゃないだろうって意味、嫉妬してくれてたんだ。
くつくつとカカシが笑う。
「ありがとう、この人を連れて帰るからもう消えていいよ。」
カカシはイルカの手を握って足早に部屋を出た。

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