オレ達に近い隅に忍びの一団が陣取り、こちらを横目で窺っていた。針のように細く鋭い視線を感じる。
「そんなに気を張らなくても、誰もカカシ先生をどうこうしようとは思いませんよ。」
イルカ先生は外回り専門の奴らだと教えてくれ、身体ごと振り向くとやんわりと、だが芯の通った声でお疲れ様ですと全開の笑顔で挨拶をした。好奇心を見咎められたと悟った顔が、揃って取り繕うとお疲れ様と返して狼狽えている。
何これ、イルカ先生って実は火影位強いんじゃないの。あいつらそこそこできるだろうに、まるで叱られた生徒のように見えるんだもの。
何人かの顔は何となく覚えてはいたから、とりあえずオレも小さく頭を下げた。途端に小声でどよめくのは何故だろうか。
「カカシ先生がこんな店に来るとは思ってなかったんでしょうね。何しろ雲の上の憧れの人ですから。」
演舞のお陰でカカシ先生と親しくなりたい者がやたらと話し掛けてくるんですと、イルカ先生は口元に拳を当てて歪んだ笑いを見せた。
「なんでオレなんかと?」
「ご自分の影響力を解ってらっしゃらない。」
「嫌みな言い方ですねえ。」
形だけふんと拗ねるとまた彼らがざわついた。
「ほらね、一挙一動が気になるんです。」
イルカ先生は品書きに目を通す振りをしながら笑いを堪える。
なんだか面倒な事になって、この人に迷惑を掛けてるんじゃないだろうか。でもあっけらかんとしているからオレも知らぬ素振りで、つられて笑った振りをした。一応アンテナは張っておこうとは決めて。
「魚の種類に拘らないんでしたら、日替わりの煮魚定食にしましょうか。」
頷いて注文を任せる。どうにも人目が落ち着かないが、空腹には勝てないから仕方ない。
お盆が運ばれてくるとちょっと幻術ね、といつものように断りを入れて対外的には素顔を見せずに黙々と最後まで食べた。
オレを注視する全員、隣のイルカ先生にも布の上から箸の先がめり込むように見えるらしい。今までも人前でしていた事だが、実はなんだか気持ち悪かったんですと微妙な笑い方をされた。
腹を満たしたかったから酒は頼まなかった。満腹になり流石に食後すぐには席を立てなくて、二人して熱い茶をゆっくりまったりと啜る。
「…全部聞いてきました。」
「え?」
「綱手様にです。」
何をなんて聞かずにオレは黙っていた。
「次はオレも行きます。便利屋なんでこきつかって下さい。」
イルカ先生が額をテーブルに着ける勢いで頭を下げた。案の定目測を誤り、ごちと音がする。時々素でこういった事をするので、一緒にいると笑いが絶えなくて楽しい人だ。
「じゃあオレと組んでもらいましょう。」
何気なく言えばイルカ先生は真っ赤になった。あ、勘違いしてる。
「あれはただの噂です、暗部にそんな慣例はありませんよ。」
暗部は気に入った者を自分の専属として夜のお供を言い付けているとか、その相手には見えない首輪を着けさせているとか、どうした事か最近になって怪しげな噂が蔓延しているらしい。
オレが暗部にいた事は公然の秘密だから、先生もやってたのとサクラに咎められ不潔だと切って捨てられたのはつい数日前の事だ。嘘だからと、どれだけ言葉を並べ立てて弁明した事か。
「…任務での、マンセルって意味ですから。」
「は、い。」
何か言葉をと探していると、顔を擦ってイルカ先生が話題を元に戻してくれた。
「…あいつはもう里には戻れないし、処罰しなきゃならないなら、ちゃんとそれを…見届けようと思うんです。」
泣きそうな笑顔がオレの心を抉る。
「泣かないで下さいよ。」
「泣きません。俺、任務の時は泣きません。」
口を真一文字に結んで胸を張るけれど、眉の間の皺は寄ったままだった。真っ黒な光彩だからか明かりにきらきらと光る潤んだ目に、オレの口はとんでもない事を勝手に紡ぎ出していた。
「イルカ先生に泣かれたら、泣かせたのがオレみたいな気になって困るんですよ。」
「え? なっ、」
またも見る見る真っ赤になって、イルカ先生はオレから距離を取ろうと身を捩った。狭い店内に椅子もテーブルもやっと収まっている状態だ。人にぶつかると危ないと咄嗟に腕を引けば、間近に顔が近付いた。
「ぁ…貴方の目がね、うちの犬達と被るんで。」
慌てて頭に浮かんだ言い訳をそのまま口にすればごまかされてくれたが、オレは冷や汗たらたらだ。
それを知らずに犬かよと口を尖らせて、イルカ先生の人差し指がオレの鼻を押し潰す。焦りながらもぶうと豚の真似をしてやったら、へにょと眉が緩んだ。
「そういや、忍犬達にいつ会わせてもらえるんでしょう。」
嬉しそうにそわそわしてるから、ここは構ってみたくなるじゃないか。
「何の話?」
にやりと笑いながらとぼけたら、えー嘘ぉと拗ねた子供の顔になった。
「忘れてませんよ。」
降参すれば途端に笑顔で歯を見せた。
これじゃあ好かれているって思うよ、…きつい。
温かな茶は飲み終えた事だしと、溜め息も飲み込んでイルカ先生を促し席を立った。
「そんなに気を張らなくても、誰もカカシ先生をどうこうしようとは思いませんよ。」
イルカ先生は外回り専門の奴らだと教えてくれ、身体ごと振り向くとやんわりと、だが芯の通った声でお疲れ様ですと全開の笑顔で挨拶をした。好奇心を見咎められたと悟った顔が、揃って取り繕うとお疲れ様と返して狼狽えている。
何これ、イルカ先生って実は火影位強いんじゃないの。あいつらそこそこできるだろうに、まるで叱られた生徒のように見えるんだもの。
何人かの顔は何となく覚えてはいたから、とりあえずオレも小さく頭を下げた。途端に小声でどよめくのは何故だろうか。
「カカシ先生がこんな店に来るとは思ってなかったんでしょうね。何しろ雲の上の憧れの人ですから。」
演舞のお陰でカカシ先生と親しくなりたい者がやたらと話し掛けてくるんですと、イルカ先生は口元に拳を当てて歪んだ笑いを見せた。
「なんでオレなんかと?」
「ご自分の影響力を解ってらっしゃらない。」
「嫌みな言い方ですねえ。」
形だけふんと拗ねるとまた彼らがざわついた。
「ほらね、一挙一動が気になるんです。」
イルカ先生は品書きに目を通す振りをしながら笑いを堪える。
なんだか面倒な事になって、この人に迷惑を掛けてるんじゃないだろうか。でもあっけらかんとしているからオレも知らぬ素振りで、つられて笑った振りをした。一応アンテナは張っておこうとは決めて。
「魚の種類に拘らないんでしたら、日替わりの煮魚定食にしましょうか。」
頷いて注文を任せる。どうにも人目が落ち着かないが、空腹には勝てないから仕方ない。
お盆が運ばれてくるとちょっと幻術ね、といつものように断りを入れて対外的には素顔を見せずに黙々と最後まで食べた。
オレを注視する全員、隣のイルカ先生にも布の上から箸の先がめり込むように見えるらしい。今までも人前でしていた事だが、実はなんだか気持ち悪かったんですと微妙な笑い方をされた。
腹を満たしたかったから酒は頼まなかった。満腹になり流石に食後すぐには席を立てなくて、二人して熱い茶をゆっくりまったりと啜る。
「…全部聞いてきました。」
「え?」
「綱手様にです。」
何をなんて聞かずにオレは黙っていた。
「次はオレも行きます。便利屋なんでこきつかって下さい。」
イルカ先生が額をテーブルに着ける勢いで頭を下げた。案の定目測を誤り、ごちと音がする。時々素でこういった事をするので、一緒にいると笑いが絶えなくて楽しい人だ。
「じゃあオレと組んでもらいましょう。」
何気なく言えばイルカ先生は真っ赤になった。あ、勘違いしてる。
「あれはただの噂です、暗部にそんな慣例はありませんよ。」
暗部は気に入った者を自分の専属として夜のお供を言い付けているとか、その相手には見えない首輪を着けさせているとか、どうした事か最近になって怪しげな噂が蔓延しているらしい。
オレが暗部にいた事は公然の秘密だから、先生もやってたのとサクラに咎められ不潔だと切って捨てられたのはつい数日前の事だ。嘘だからと、どれだけ言葉を並べ立てて弁明した事か。
「…任務での、マンセルって意味ですから。」
「は、い。」
何か言葉をと探していると、顔を擦ってイルカ先生が話題を元に戻してくれた。
「…あいつはもう里には戻れないし、処罰しなきゃならないなら、ちゃんとそれを…見届けようと思うんです。」
泣きそうな笑顔がオレの心を抉る。
「泣かないで下さいよ。」
「泣きません。俺、任務の時は泣きません。」
口を真一文字に結んで胸を張るけれど、眉の間の皺は寄ったままだった。真っ黒な光彩だからか明かりにきらきらと光る潤んだ目に、オレの口はとんでもない事を勝手に紡ぎ出していた。
「イルカ先生に泣かれたら、泣かせたのがオレみたいな気になって困るんですよ。」
「え? なっ、」
またも見る見る真っ赤になって、イルカ先生はオレから距離を取ろうと身を捩った。狭い店内に椅子もテーブルもやっと収まっている状態だ。人にぶつかると危ないと咄嗟に腕を引けば、間近に顔が近付いた。
「ぁ…貴方の目がね、うちの犬達と被るんで。」
慌てて頭に浮かんだ言い訳をそのまま口にすればごまかされてくれたが、オレは冷や汗たらたらだ。
それを知らずに犬かよと口を尖らせて、イルカ先生の人差し指がオレの鼻を押し潰す。焦りながらもぶうと豚の真似をしてやったら、へにょと眉が緩んだ。
「そういや、忍犬達にいつ会わせてもらえるんでしょう。」
嬉しそうにそわそわしてるから、ここは構ってみたくなるじゃないか。
「何の話?」
にやりと笑いながらとぼけたら、えー嘘ぉと拗ねた子供の顔になった。
「忘れてませんよ。」
降参すれば途端に笑顔で歯を見せた。
これじゃあ好かれているって思うよ、…きつい。
温かな茶は飲み終えた事だしと、溜め息も飲み込んでイルカ先生を促し席を立った。
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