イルカ先生への気持ちを肯定して否定して、そしてまたそれを否定する。さながら忍犬の子が初めての匂いを辿れずに迷うように。
「カカシは馬鹿か。」
溜め息混じりの声に驚きその方を振り向けば、扉を開け放した台所の椅子に寝そべる一匹の犬。
「パックン。どうしたの…。」
「呼んだのはお主だろうが。」
覚えがなくて首を傾げる。
「いつものように、わしを見張りにして眠るつもりだったんだろう?」
安全な里の中とはいえ襲われない保証はなく、熟睡したければ忍犬を側に置いて眠るようにしていた。どうやら無意識に呼び出したらしい。
「お主も骨の髄から忍びじゃのう。」
難儀な奴、とがっくり項垂れてから頭を上げてパックンはオレの足元まで歩いてきた。
「何を悩んでおる。」
真っ黒な目がオレを見上げる。犬は始終潤んだように見える目をしているのだ。それは高台でのイルカ先生を思い出させ、オレはパックンから勢いよく顔を逸らしてしまった。
「…ふむ。悩むがいい。」
したり顔でパックンは何度も頷く。
「解っちゃった?」
できるだけ軽く言ったつもりが、思うより暗い声になっていた。
長く側にいて一番オレの事を知っているのだ、隠す事はやめた。ひとしきりパックンを話し相手として心情を吐露すれば、自分の中でもそれなりに落ち着いてくる。犬をカウンセリングに使おうと言う綱手様に、諸手を上げて賛成しよう。
ただパックンの助言はいらない気もする。だって発情したら仕方ないなんて、オレをけだものみたいに言うんだもの。
とりあえずべたつく汗を流して食事を取るか。ほぼ一日食べていないから、胃に優しいものがいい。
とはいっても家に食料は何もなく食材を買う為には外に出るしかないが、出てしまえば買い物が面倒だから店に入ろうとなる。今日もそのパターンだな、と濡れた髪を拭き着替えながら既に頭の中で店を物色していた。
煮魚がいい。ふと舞い本番の前日にイルカ先生と歩いた道に、旨そうな匂いの漂う店を見付けた事を思い出した。そこにしよう。
歩き出してから店の場所が解らなくて愕然とした。
確かこの道でいい筈なんだが。
「覚える気がなかったからなぁ。どうしよ。」
苦笑いしながらぐるりと辺りを見回して、見覚えのあるだろう店構えを探す。一度目に入れれば覚えている筈だからだ。
しかし任務以外では全てに無頓着だと呆れられている通り、オレは店が見付けられなかった。
じゃあどこにしようか。この辺りには詳しくないから、すぐには決められない。
「あ、カカシ先生。」
イルカ先生の声に勢いよく振り向いてしまった。よほど驚いた顔をしていたのだろう、くすりと笑われる。だってまさか、こんなところで会うなんて。
自分の気持ちを整理して漸く落ち着いたのにそれを掻き乱す本人がいて、会えて嬉しいけれどちょっと切なくて苦しい。
「道の真ん中でどうしたんですか。」
オレに向かって歩いてくる彼は、後ろに何人かを従えていた。ああもうそんな時間か。アカデミーの勤務時間が終わって、仲間達とどこかに繰り出す途中なのだろうか。
出てきた時はまだ明るかったが、日が落ちれば夕闇はあっという間に街を包む。繁華街の明かりが眩しい位だったから、ぼうっとしていたオレは気付かなかったらしい。迂闊すぎるな。
「ご飯が、」
朝のイルカ先生の拒絶の背中を思い出して、皆の手前普通にしているんだろうなと胸が痛んで頼りない声が出た。
「ご飯?」
正面に立つイルカ先生の笑顔に二心は見えないけれど、今はオレに会いたくないだろうにと思えば口から出る言葉も沈む。
「今まで寝ていて、お腹が空いたから。」
「はい。」
「この前の煮魚の旨そうな店を探してたんですが、オレ…覚えてなくて。」
ああそこですよ、と示された店の外観には覚えがない。
「代わりに覚えておいてくれって頼まれましたから、俺はちゃんと覚えていますよ。」
イルカ先生は夜になって明かりが灯されると雰囲気が変わるからでしょう、と慰めてくれる。
「奢ってくださるんでしょ?」
「え、でも。」
ちらと仲間の方を見たオレにただ帰る方向が一緒だっただけだと言って、そのままお疲れ様と手を振ってオレを店へと促した。
彼らもおうと手を上げ、オレに頭を下げて歩き出す。いいんだろうか。
突然の展開にオレは立ち尽くしていた。都合が良すぎないか。
「さあ入りましょう。」
既に暖簾をかき分けガラスの引き戸を開けて身体を半分店の中に入れているイルカ先生が、オレの腕を掴んで引っ張った。
後に続いて入った店は、まだ少し夕飯には早い時間だというのにほぼ満席に近い。
「なんだかどきどきする。」
「はい、俺もついうちに近い店ばかりを選んでたので、初めての店はそれなりに緊張します。」
それでもイルカ先生は慣れた風に並びで空いているカウンター席につき、さっさとビールを注文した。
オレは気後れしていた。暗部時代は里はたまに寄る故郷という概念があった。表に出て定住したが、何年たっても里に馴染みきれていない。
「カカシは馬鹿か。」
溜め息混じりの声に驚きその方を振り向けば、扉を開け放した台所の椅子に寝そべる一匹の犬。
「パックン。どうしたの…。」
「呼んだのはお主だろうが。」
覚えがなくて首を傾げる。
「いつものように、わしを見張りにして眠るつもりだったんだろう?」
安全な里の中とはいえ襲われない保証はなく、熟睡したければ忍犬を側に置いて眠るようにしていた。どうやら無意識に呼び出したらしい。
「お主も骨の髄から忍びじゃのう。」
難儀な奴、とがっくり項垂れてから頭を上げてパックンはオレの足元まで歩いてきた。
「何を悩んでおる。」
真っ黒な目がオレを見上げる。犬は始終潤んだように見える目をしているのだ。それは高台でのイルカ先生を思い出させ、オレはパックンから勢いよく顔を逸らしてしまった。
「…ふむ。悩むがいい。」
したり顔でパックンは何度も頷く。
「解っちゃった?」
できるだけ軽く言ったつもりが、思うより暗い声になっていた。
長く側にいて一番オレの事を知っているのだ、隠す事はやめた。ひとしきりパックンを話し相手として心情を吐露すれば、自分の中でもそれなりに落ち着いてくる。犬をカウンセリングに使おうと言う綱手様に、諸手を上げて賛成しよう。
ただパックンの助言はいらない気もする。だって発情したら仕方ないなんて、オレをけだものみたいに言うんだもの。
とりあえずべたつく汗を流して食事を取るか。ほぼ一日食べていないから、胃に優しいものがいい。
とはいっても家に食料は何もなく食材を買う為には外に出るしかないが、出てしまえば買い物が面倒だから店に入ろうとなる。今日もそのパターンだな、と濡れた髪を拭き着替えながら既に頭の中で店を物色していた。
煮魚がいい。ふと舞い本番の前日にイルカ先生と歩いた道に、旨そうな匂いの漂う店を見付けた事を思い出した。そこにしよう。
歩き出してから店の場所が解らなくて愕然とした。
確かこの道でいい筈なんだが。
「覚える気がなかったからなぁ。どうしよ。」
苦笑いしながらぐるりと辺りを見回して、見覚えのあるだろう店構えを探す。一度目に入れれば覚えている筈だからだ。
しかし任務以外では全てに無頓着だと呆れられている通り、オレは店が見付けられなかった。
じゃあどこにしようか。この辺りには詳しくないから、すぐには決められない。
「あ、カカシ先生。」
イルカ先生の声に勢いよく振り向いてしまった。よほど驚いた顔をしていたのだろう、くすりと笑われる。だってまさか、こんなところで会うなんて。
自分の気持ちを整理して漸く落ち着いたのにそれを掻き乱す本人がいて、会えて嬉しいけれどちょっと切なくて苦しい。
「道の真ん中でどうしたんですか。」
オレに向かって歩いてくる彼は、後ろに何人かを従えていた。ああもうそんな時間か。アカデミーの勤務時間が終わって、仲間達とどこかに繰り出す途中なのだろうか。
出てきた時はまだ明るかったが、日が落ちれば夕闇はあっという間に街を包む。繁華街の明かりが眩しい位だったから、ぼうっとしていたオレは気付かなかったらしい。迂闊すぎるな。
「ご飯が、」
朝のイルカ先生の拒絶の背中を思い出して、皆の手前普通にしているんだろうなと胸が痛んで頼りない声が出た。
「ご飯?」
正面に立つイルカ先生の笑顔に二心は見えないけれど、今はオレに会いたくないだろうにと思えば口から出る言葉も沈む。
「今まで寝ていて、お腹が空いたから。」
「はい。」
「この前の煮魚の旨そうな店を探してたんですが、オレ…覚えてなくて。」
ああそこですよ、と示された店の外観には覚えがない。
「代わりに覚えておいてくれって頼まれましたから、俺はちゃんと覚えていますよ。」
イルカ先生は夜になって明かりが灯されると雰囲気が変わるからでしょう、と慰めてくれる。
「奢ってくださるんでしょ?」
「え、でも。」
ちらと仲間の方を見たオレにただ帰る方向が一緒だっただけだと言って、そのままお疲れ様と手を振ってオレを店へと促した。
彼らもおうと手を上げ、オレに頭を下げて歩き出す。いいんだろうか。
突然の展開にオレは立ち尽くしていた。都合が良すぎないか。
「さあ入りましょう。」
既に暖簾をかき分けガラスの引き戸を開けて身体を半分店の中に入れているイルカ先生が、オレの腕を掴んで引っ張った。
後に続いて入った店は、まだ少し夕飯には早い時間だというのにほぼ満席に近い。
「なんだかどきどきする。」
「はい、俺もついうちに近い店ばかりを選んでたので、初めての店はそれなりに緊張します。」
それでもイルカ先生は慣れた風に並びで空いているカウンター席につき、さっさとビールを注文した。
オレは気後れしていた。暗部時代は里はたまに寄る故郷という概念があった。表に出て定住したが、何年たっても里に馴染みきれていない。
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