その笑顔がくすぐったいが、俺の気分も高揚してるから気が合うのかもしれないとふと思う。お互いに顔を見てほっとするのが解るのだ。
俺が規則正しい生活だから、カカシ先生は任務後の夜に週二日は土産を持ってうちに来る。惣菜が多いのは嬉しいが、カカシ先生は上忍だからと気遣う部分もあって横になって寛げないのが少々窮屈な気もした。
だが慣れてくれば俺は食後に大の字になって居眠りをし、その間にカカシ先生が食器を洗ったり風呂を洗って湯を張ってくれたりしていた。
恐縮する度に兄弟ならありがとうのひとことでいいんじゃない、と笑ってくれるのだ。だから俺も次第に遠慮を忘れていった。
だからかな、練習でも息が合うと教官に褒められた。
だけどあと少し、と教官が腕を組み首を傾げて悩む理由が俺達には理解できずにいた。
「鳥の翼なんだよ。」
「鳥の翼…。」
「そう、カカシ君、想像してごらん。」
この人はカカシ先生もほんの少しアカデミーで教えた事があるらしく、三人でいる時には君付けで呼ぶのに俺は肝を潰しそうに驚いたものだ。人生の先輩とはいえ教官は中忍で、だけど上忍のカカシ先生が神妙な顔で姿勢を正しているんだ。誰だって驚くだろう。
教官が両腕を上げて羽ばたきを真似た。右腕をぐいと上げると左腕をすうと下げて左に向きを変えその場を回って、今度は逆の仕草をする。
「うみの、解るか。」
俺の両親とは知り合いだったからか、アカデミー時代にも名字で呼ばれていた。思い出すと胸の奥がくすぐったい。
昔のように俺を指差して答えを求められた。俺も昔のように答えられず、鼻の頭を掻いて肩を竦めてしまった。
「…いえ。」
しょうがねえな、と苦笑いされた。
「翼は飛ぶ為にバランスをとる役割がある。右と左、対なんだよ。」
…何となく解ったような。
「この演舞は兄弟の絆を表してもいるんだ。だから引いて押しての掛け合いが多いだろう?」
それを鳥の翼と表現してくれたのか。流石四代目の同期だ。
それからは翼、翼、と唱えながら練習した。でも解らない。
息は合う。舞いは完璧に覚えた。
「どうしたら。」
呟きを拾ったカカシ先生もおうむ返しに呟く。
「どうしたら。」
これだけ一緒にいて、お互いの考えも言わずとも知れるようになってきたというのに。
コロッケを見ているからソースを取ると喜ばれ。
風呂上がりに冷蔵庫に向かえば先にビールを差し出されて嬉しいし。
それでも教官は翼にはなれていないと渋い顔をしている。どうしたら、という言葉が口癖になる前に何とかならないものか。
あとひと月だ。
全体練習が始まった。参加率が非常に良いのは、綱手様が張り切って任務を仕切ってくださっているからだ。溜まった書類もこれくらい、と言い掛けて逃げたシズネさんには同情するけれど。
「お前達の為に簡単な任務を用意した。」
なんて突然突き付けられた任務は、確かに俺ごときでもこなせるものだった。
子供に変化して兄弟でお使いを装い、そう遠くない場所の草の忍びに次の指令を届けるだけ。兄弟というものを体感せよという綱手様のはからいで、初めてカカシ先生と二人で外に出る。
「本来は、下忍になりたての子供達が受けるんですよ。」
俺は受付で何度も、卒業したての生徒達に渡していた。説明すれば、カカシ先生は面白そうとそわそわし始めた。
「可愛いげのない兄にちょこまかした弟のできあがりだな。暫くそのままでいていいぞ、きっと女どもにもみくちゃにされる。」
初代様と二代目様の関係とは逆だけど、俺達は十を少し越えた兄弟に変化した。二人とも暗い茶髪の、当時の面影を残した風貌だ。
カカシ先生は風邪でマスクをしている事にしたらしいが、それでも端正と解り不細工な俺と兄弟には見えない。
頭一つ上のカカシ先生を見上げた。
「お兄ちゃん、なんか変。」
「お、弟よ、頑張ろうな。」
二人の姿に綱手様が腹を抱えて笑うから、俺は昔懐かしいいたずらを仕掛けてやったのだ。いってきます、と握手を求めると素直に手を伸ばされた綱手様におもちゃの蛇をさしあげる。
ぎゃあーっと響く金切り声を遥か彼方に聞きながら、俺はカカシ先生の手を握って走り出していた。
そう、俺はそんないたずらっ子だったのだ。
カカシ先生は投げ付けられる巻物や湯飲みをかわし、俺を抱き上げて廊下の途中の窓から跳んで逃げた。笑いながら目的地まで走った。
浮かれた気分のまま任務をこなし、帰りは手を繋いで歌なんか歌うくらいに楽しかった。…襲われるまでは。
商人に扮した山賊が小綺麗な身なりの兄弟に目をつけ、人が途切れた山道で取り囲む。俺達はうっかりして、いつものように裏の近道を歩いていたのだ。
いやらしい笑いが俺に注がれ大きな身体が目の前を塞ぎ、小さな俺は変化を解く事も忘れて竦み上がってしまった。
だがカカシ先生は十代前半の姿のまま、十人は下らない男どもをあっという間にのしてくれた。
俺は棒付きの飴を握って、すがりついた木の陰から見ていただけだ。
俺が規則正しい生活だから、カカシ先生は任務後の夜に週二日は土産を持ってうちに来る。惣菜が多いのは嬉しいが、カカシ先生は上忍だからと気遣う部分もあって横になって寛げないのが少々窮屈な気もした。
だが慣れてくれば俺は食後に大の字になって居眠りをし、その間にカカシ先生が食器を洗ったり風呂を洗って湯を張ってくれたりしていた。
恐縮する度に兄弟ならありがとうのひとことでいいんじゃない、と笑ってくれるのだ。だから俺も次第に遠慮を忘れていった。
だからかな、練習でも息が合うと教官に褒められた。
だけどあと少し、と教官が腕を組み首を傾げて悩む理由が俺達には理解できずにいた。
「鳥の翼なんだよ。」
「鳥の翼…。」
「そう、カカシ君、想像してごらん。」
この人はカカシ先生もほんの少しアカデミーで教えた事があるらしく、三人でいる時には君付けで呼ぶのに俺は肝を潰しそうに驚いたものだ。人生の先輩とはいえ教官は中忍で、だけど上忍のカカシ先生が神妙な顔で姿勢を正しているんだ。誰だって驚くだろう。
教官が両腕を上げて羽ばたきを真似た。右腕をぐいと上げると左腕をすうと下げて左に向きを変えその場を回って、今度は逆の仕草をする。
「うみの、解るか。」
俺の両親とは知り合いだったからか、アカデミー時代にも名字で呼ばれていた。思い出すと胸の奥がくすぐったい。
昔のように俺を指差して答えを求められた。俺も昔のように答えられず、鼻の頭を掻いて肩を竦めてしまった。
「…いえ。」
しょうがねえな、と苦笑いされた。
「翼は飛ぶ為にバランスをとる役割がある。右と左、対なんだよ。」
…何となく解ったような。
「この演舞は兄弟の絆を表してもいるんだ。だから引いて押しての掛け合いが多いだろう?」
それを鳥の翼と表現してくれたのか。流石四代目の同期だ。
それからは翼、翼、と唱えながら練習した。でも解らない。
息は合う。舞いは完璧に覚えた。
「どうしたら。」
呟きを拾ったカカシ先生もおうむ返しに呟く。
「どうしたら。」
これだけ一緒にいて、お互いの考えも言わずとも知れるようになってきたというのに。
コロッケを見ているからソースを取ると喜ばれ。
風呂上がりに冷蔵庫に向かえば先にビールを差し出されて嬉しいし。
それでも教官は翼にはなれていないと渋い顔をしている。どうしたら、という言葉が口癖になる前に何とかならないものか。
あとひと月だ。
全体練習が始まった。参加率が非常に良いのは、綱手様が張り切って任務を仕切ってくださっているからだ。溜まった書類もこれくらい、と言い掛けて逃げたシズネさんには同情するけれど。
「お前達の為に簡単な任務を用意した。」
なんて突然突き付けられた任務は、確かに俺ごときでもこなせるものだった。
子供に変化して兄弟でお使いを装い、そう遠くない場所の草の忍びに次の指令を届けるだけ。兄弟というものを体感せよという綱手様のはからいで、初めてカカシ先生と二人で外に出る。
「本来は、下忍になりたての子供達が受けるんですよ。」
俺は受付で何度も、卒業したての生徒達に渡していた。説明すれば、カカシ先生は面白そうとそわそわし始めた。
「可愛いげのない兄にちょこまかした弟のできあがりだな。暫くそのままでいていいぞ、きっと女どもにもみくちゃにされる。」
初代様と二代目様の関係とは逆だけど、俺達は十を少し越えた兄弟に変化した。二人とも暗い茶髪の、当時の面影を残した風貌だ。
カカシ先生は風邪でマスクをしている事にしたらしいが、それでも端正と解り不細工な俺と兄弟には見えない。
頭一つ上のカカシ先生を見上げた。
「お兄ちゃん、なんか変。」
「お、弟よ、頑張ろうな。」
二人の姿に綱手様が腹を抱えて笑うから、俺は昔懐かしいいたずらを仕掛けてやったのだ。いってきます、と握手を求めると素直に手を伸ばされた綱手様におもちゃの蛇をさしあげる。
ぎゃあーっと響く金切り声を遥か彼方に聞きながら、俺はカカシ先生の手を握って走り出していた。
そう、俺はそんないたずらっ子だったのだ。
カカシ先生は投げ付けられる巻物や湯飲みをかわし、俺を抱き上げて廊下の途中の窓から跳んで逃げた。笑いながら目的地まで走った。
浮かれた気分のまま任務をこなし、帰りは手を繋いで歌なんか歌うくらいに楽しかった。…襲われるまでは。
商人に扮した山賊が小綺麗な身なりの兄弟に目をつけ、人が途切れた山道で取り囲む。俺達はうっかりして、いつものように裏の近道を歩いていたのだ。
いやらしい笑いが俺に注がれ大きな身体が目の前を塞ぎ、小さな俺は変化を解く事も忘れて竦み上がってしまった。
だがカカシ先生は十代前半の姿のまま、十人は下らない男どもをあっという間にのしてくれた。
俺は棒付きの飴を握って、すがりついた木の陰から見ていただけだ。
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