ほらまた、綱手様が俺を泣かせようとしてるんじゃないかと思うような事を仰る。実際そんな顔をしていたんだろう、カカシ先生が俺の顔を覗き込んで眉を寄せた。その心配そうな顔にも胸が詰まる。
「頑張り、ます。」
咄嗟に最敬礼をしてそのままくるりと後ろを向いた。足早に部屋を出た俺の後をカカシ先生は大股に付いてきて、暫く俺達はそのままの距離で歩いた。
「イルカ先生、どこへ行くんですか。」
肩を叩かれ、声を掛けられて立ち止まる。
あ、と気付いたのは無意識に職員室に向かう途中だった。取りに行く荷物もない事を思い出して、俺はカカシ先生にすみませんと頭を下げた。
「…ちょっと色々、いっぱいいっぱいで。」
「そうですよね。うん、イルカ先生は忙しいから上手く練習計画を立てないと。」
優しい人だ、自分こそあちこち引っ張りだこなのに。
「いえ、俺は大体決まった一日なんで予定を立てるのは楽ですよ。カカシ先生の方が突発の任務が入ったりして難しいでしょうに。」
「んーまあそうだけど、オレでなくてもいいものは極力避けてもらいます。」
穏やかな微笑みに右目が弧を描いて、思わずじっと見詰めてしまった。感情が見えにくいなんて噂は嘘だろう、ほらこんなに豊かじゃないか。
「綱手様もその為に、早くオレ達の練習予定を提出しろって急かしてたでしょ。イルカ先生が良ければ、今から予定立てちゃいましょう。」
カカシ先生はとても協力的で、助かりますと俺はほっとして漸く笑えた。
少し早い時間ではあったが、俺達は夕飯を食べる店を探した。ラーメンでなくていいんですか、とからかわれて昨日食べてますと返して思いきり笑われた。
「うん、午前中は修行してたんですけどナルトが何度も言ってましたから。」
あちゃーと大袈裟に頭を抱えて俺も笑う。メニューまで筒抜けなのはちょっと困るな。
定食の注文をした後で、アカデミーの予定表をテーブルに広げる。とりあえず俺に合わせてひと月分の大まかな予定を立て、カカシ先生はそれをメモした。
「見事に週末が潰れましたね。イルカ先生はいいの?」
「休みはいつも小遣い稼ぎの簡単な任務か、溜まった家事で一日が終わりますから。」
わー、寂しい独身男だって自分で言っちまった。まあ事実なんだからしょうがない。
「カカシ先生こそ。」
「休みは寝てます。」
俺の言葉尻に、にっこりと畳み掛けるように速攻で返事が返って驚いた。
「疲れてる時は寝るに限るでしょう。」
どんなに忙しい人なのか、ただの知り合いの俺でさえよく知ってる。でも女性の誘いが多い事も、たまに入る受付で見聞きして知ってる。
誘いに乗ったところは一度も見てないけど、俺の知らないカカシ先生もいる筈だ。こんな風に打ち解けて、こんな風に優しい顔をしているんだろうか。
なんだかちょっと、…気になる。
お待たせしました、とテーブルに旨そうな食事が運ばれてその話題は終わった。
カカシ先生が内緒ね、と素顔を見せてくれて絶句した。思わず周りを目だけで窺ったけれど誰も気付かない。今日は自分達以外は一般人だけだから気配を消すだけでいいんだとこっそり笑い、俺は犯罪の片棒を担いだような気になって脇にはじわりと汗が滲む。
いやもう、羨ましいほどにどんな表情も格好良すぎる。パーツ一つ一つが良くても顔に乗せると纏まらない残念な奴を知っているが、カカシ先生はそいつとは雲泥の差だ。
粗捜しをすればただ一つ眠そうな目が残念なんだけど、それすらチャーミングポイントになる。顔の輪郭も男らしく描かれていて、同性の俺も惚れ惚れしたなんてそれこそ内緒だ。

当たり前だが演舞には流れがある。群舞は最初から二手に分かれていて、まず初代様のいる方が舞うと引っ込んで二代目様のいる方が出てきて舞う。そちらも引っ込んで第一部が終了。
俺達二人は最初から小隊に組み込まれてはいないから、群舞の練習は教官に見てもらうのだ。数少ない全体練習でどこまで合わせられるかが不安で仕方ない。
第二部は全員で舞うところから始まり、やがて波が引くように群舞が去るが俺達は中央に残る。その後は二人だけで掛け合いのようにして舞わなければならない。だがそれは戦いではなく、刀やクナイを突き合わせて対話をするという事だ。
正直どう演じたらいいのか、全く解らない。兄弟の会話なんて、一人っ子の俺には想像もつかないんだ。
「オレも一人っ子なんですよ。」
カカシ先生が苦笑した。お互いにそうは見えないと思っていたが、人付き合いは案外疲れるという点で一致して親近感が湧いてきた。普段から話しやすいと言って俺に話し掛けてくれるのは、多分付かず離れずの距離感をお互いに保っているからだろう。
だけど、
「ねえ、できる限り一緒にいたら兄弟の気持ちが解るんじゃないかな?」
と切り出されて、それもいいかもと頷いたら距離が縮むのは早い。カカシ先生は時間の許す限り俺の側にくっつき始めた。疲れている時に安らぐ人の気配は嬉しいと笑う。
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