ふわふわとした感覚が一日中身体に纏う、自分の行動の現実味が薄い。カカシは下忍達の任務を手伝いながら時折チャクラを練って小さな術を繰り出し、夢の中じゃないよなと確かめていた。
「今日も遅刻だし、珍しく手伝ってくれるなんて薄気味悪いわ。」
溢すサクラの言葉に苦味を覚えながら、カカシはひとことも反論しない。
「カカシ先生、今日の言い訳はないのかってば。」
ナルトすら不思議そうだ。
二度寝した、と素直に言えばサスケの怪訝そうな目がカカシの顔をじっと見てふっと笑った。
「案外解りやすいな。」
えっ、と小さく眉を動かした事でサスケは満足そうに頷いた。
「いい事があったんだろ。」
「何? サスケ君、何か知ってるの?」
「先生いい事って何だよ、教えてくれたっていいじゃん。」
「教えろ。」
らんらんと輝く六つの目がカカシに迫って慌てて別にと取り繕ってみたけれど、そんな事で終わる訳はなかった。カカシに注がれる目は、一挙一動からヒントを見つけ出そうとずっと喰らい付いてくる。
だから注意はしていた。けれども終わって報告に向かった先で、カカシは三人に答えを教えてしまった。正面にイルカが座っているとは思わなかったから、動揺に踏み出した足でもう片方の足の先を踏むという忍びにあるまじき失態をおかしたのだ。
当然よろける。よろけて思わず手近な支えを探し、手を着いた先は。
イルカの目の前の机で。
あ、と口を開けたイルカの顔が迫った。見詰め合う形で止まった二人が顔を染めた。
すすす、すみません。あ、いや、いえ、はあ。
会話にならない様子に、子供達だけでなくその場にいた者全てが首を捻った。
「これ、お願いします。」
「はい、受領しました。」
僅か30秒でカカシは踵を返して逃げたが、子供達は後を追わなかった。
「イルカ先生、顔真っ赤じゃん。」
ナルトの大声が響き渡る室内で、イルカは身の置き所なくただ縮こまる事しかできなかった。
行くぞ、とサスケがナルトを引き摺り廊下の角を曲がる。サクラは時折イルカを振り返りながら付いていく。誰もいない場所で立ち止まり、サスケがにやりと笑った。
「ま、男同士でも悪いって事はないよな。」
「…そう、よね。こちらの精神に揺さぶりを掛けてくるのは任務ではもっと強いから修行の一例として捉えれば良いし、彼らの感情の抑制がもたらす負の効果は私達に被害を及ぼす事を思えば黙認か祝福だわね。」
「サスケもサクラちゃんも、何言ってるかわかんねえってば。」
サクラは混乱のあまりに自分の世界に飛び、ナルトは二人に置いていかれて戸惑い、サスケだけがまともでいられた。
取り敢えず、ナルトがどこまであの二人の関係を受け止められるかだ。時間を掛けるしかないか、とサスケがいつになく弱気になってとぼとぼと歩き出す姿は幸い誰にも見られる事はなかった。
こちら現場の大人達はすぐ理解し、ほおへえああふうんと小さな感嘆詞で終わる。多少揉め事はあるだろうが、本人達は意に介さないと思えた。
祝福を。 誰が呟いたのかは判らないが、その声に皆が頷いた。見守る事が祝福だ。
幸福を求める感情が欠落していたような彼らが掴んだ小さな小さな幸福を、見守る事が我々の最大の任務だろうとそれぞれの顔に笑みが浮かんだ。
だから平常な日々。
それでもイルカは一度ユリに呼び出されて、好きだったんですと告白を受けた。一方的にどれだけイルカが良い人かと並べ立てられて、最後に見てくれてないのは知っていたから今更誰とくっつこうが嫉妬も何もないと笑いながら泣かれた。
言いたかっただけだから、明日には忘れてくださいと頭を下げてユリは去った。
どうしよう、カカシ先生には言えない。言わなくていいよな、終わった事だし。罪悪感はあれど、ユリに特別な感情が抱けなかった自分が悪いのだとは思いたくなかったのが本音だ。
その頃カカシは詰られていた。
あんた誰とも付き合わないって言ってたじゃない。だから寝るだけでもって誘って、あんたも今度日にちが合ったらって約束したじゃない。
カカシが毒で倒れる前の事。イルカに愛を告げる前の事だから、ひと晩の誘いに乗っても良かっただろう。だけどこの女相手に欲情するとは、全く思えなかったのだ。
カカシがあんた誰と尋ねて手近な椅子を投げられて、上忍待機所はちょっとした騒ぎにはなったけれど。そんな不誠実な男はいらないだろうと周りに慰められて、女がこっちから捨ててやると叫んで終わった。
誰もお前を不誠実だなんて思ってないよ。逆だよな、据え膳も喰わない誠実な奴だ。
褒め言葉にはなっていない気もしたが、ありがとうと答えておいた。
イルカ先生には言わなくていいよな。手を出した訳じゃないし、もう付き纏わないだろうし。
カカシもイルカも立派な大人だが。膨大な秘密の幾つかは鍵を掛けてしまっておくにしても、さてどこまでは広げて見せて良いものだろうかと改めて悩む。
夜は、一度爆発しなければ解らないかしらと一人欠伸をした。
「今日も遅刻だし、珍しく手伝ってくれるなんて薄気味悪いわ。」
溢すサクラの言葉に苦味を覚えながら、カカシはひとことも反論しない。
「カカシ先生、今日の言い訳はないのかってば。」
ナルトすら不思議そうだ。
二度寝した、と素直に言えばサスケの怪訝そうな目がカカシの顔をじっと見てふっと笑った。
「案外解りやすいな。」
えっ、と小さく眉を動かした事でサスケは満足そうに頷いた。
「いい事があったんだろ。」
「何? サスケ君、何か知ってるの?」
「先生いい事って何だよ、教えてくれたっていいじゃん。」
「教えろ。」
らんらんと輝く六つの目がカカシに迫って慌てて別にと取り繕ってみたけれど、そんな事で終わる訳はなかった。カカシに注がれる目は、一挙一動からヒントを見つけ出そうとずっと喰らい付いてくる。
だから注意はしていた。けれども終わって報告に向かった先で、カカシは三人に答えを教えてしまった。正面にイルカが座っているとは思わなかったから、動揺に踏み出した足でもう片方の足の先を踏むという忍びにあるまじき失態をおかしたのだ。
当然よろける。よろけて思わず手近な支えを探し、手を着いた先は。
イルカの目の前の机で。
あ、と口を開けたイルカの顔が迫った。見詰め合う形で止まった二人が顔を染めた。
すすす、すみません。あ、いや、いえ、はあ。
会話にならない様子に、子供達だけでなくその場にいた者全てが首を捻った。
「これ、お願いします。」
「はい、受領しました。」
僅か30秒でカカシは踵を返して逃げたが、子供達は後を追わなかった。
「イルカ先生、顔真っ赤じゃん。」
ナルトの大声が響き渡る室内で、イルカは身の置き所なくただ縮こまる事しかできなかった。
行くぞ、とサスケがナルトを引き摺り廊下の角を曲がる。サクラは時折イルカを振り返りながら付いていく。誰もいない場所で立ち止まり、サスケがにやりと笑った。
「ま、男同士でも悪いって事はないよな。」
「…そう、よね。こちらの精神に揺さぶりを掛けてくるのは任務ではもっと強いから修行の一例として捉えれば良いし、彼らの感情の抑制がもたらす負の効果は私達に被害を及ぼす事を思えば黙認か祝福だわね。」
「サスケもサクラちゃんも、何言ってるかわかんねえってば。」
サクラは混乱のあまりに自分の世界に飛び、ナルトは二人に置いていかれて戸惑い、サスケだけがまともでいられた。
取り敢えず、ナルトがどこまであの二人の関係を受け止められるかだ。時間を掛けるしかないか、とサスケがいつになく弱気になってとぼとぼと歩き出す姿は幸い誰にも見られる事はなかった。
こちら現場の大人達はすぐ理解し、ほおへえああふうんと小さな感嘆詞で終わる。多少揉め事はあるだろうが、本人達は意に介さないと思えた。
祝福を。 誰が呟いたのかは判らないが、その声に皆が頷いた。見守る事が祝福だ。
幸福を求める感情が欠落していたような彼らが掴んだ小さな小さな幸福を、見守る事が我々の最大の任務だろうとそれぞれの顔に笑みが浮かんだ。
だから平常な日々。
それでもイルカは一度ユリに呼び出されて、好きだったんですと告白を受けた。一方的にどれだけイルカが良い人かと並べ立てられて、最後に見てくれてないのは知っていたから今更誰とくっつこうが嫉妬も何もないと笑いながら泣かれた。
言いたかっただけだから、明日には忘れてくださいと頭を下げてユリは去った。
どうしよう、カカシ先生には言えない。言わなくていいよな、終わった事だし。罪悪感はあれど、ユリに特別な感情が抱けなかった自分が悪いのだとは思いたくなかったのが本音だ。
その頃カカシは詰られていた。
あんた誰とも付き合わないって言ってたじゃない。だから寝るだけでもって誘って、あんたも今度日にちが合ったらって約束したじゃない。
カカシが毒で倒れる前の事。イルカに愛を告げる前の事だから、ひと晩の誘いに乗っても良かっただろう。だけどこの女相手に欲情するとは、全く思えなかったのだ。
カカシがあんた誰と尋ねて手近な椅子を投げられて、上忍待機所はちょっとした騒ぎにはなったけれど。そんな不誠実な男はいらないだろうと周りに慰められて、女がこっちから捨ててやると叫んで終わった。
誰もお前を不誠実だなんて思ってないよ。逆だよな、据え膳も喰わない誠実な奴だ。
褒め言葉にはなっていない気もしたが、ありがとうと答えておいた。
イルカ先生には言わなくていいよな。手を出した訳じゃないし、もう付き纏わないだろうし。
カカシもイルカも立派な大人だが。膨大な秘密の幾つかは鍵を掛けてしまっておくにしても、さてどこまでは広げて見せて良いものだろうかと改めて悩む。
夜は、一度爆発しなければ解らないかしらと一人欠伸をした。
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