24

三代目は大切そうに懐から取り出した巻物を、ゆっくりと机の上に広げた。いつもなら書類が崩れ落ちる程積み上げられているそこには何も置かれていないと、カカシは漸くその時に気付いた。
三代目は既に準備をして待っていたのだ。どうせカカシは何を言おうと自分の意思を貫くだろうと。
「まずはわしの印をコピーしろ。」
一つも間違えてはいけないと印の順をしたためた巻物を時折確認しながら、ゆっくりと指を組み始める。
カカシの左目は、どれ程長く複雑な印であろうと完璧にコピーでき正確に記憶する。うちは本家の者でさえ難しいと言われた技を、旁流筋でさえないカカシは血の滲む努力で身に付けていたのだった。
三代目火影も巻物一本位の印なら記憶はしているが、念には念を入れて一つも間違えてはならじと巻物の文字を追って印を組む。
それだけ重要だという事でーイルカに対する私情も挟みはするのだがーカカシは初めて見る三代目の青ざめた真剣な顔に、ほんの少しの恐怖を感じていた。
完璧にコピーしなければならない。
重圧に目眩がしそうで揺らぎ始めた身体を建て直そうと、ぐっと足の指先に力を込めて姿勢を直す。
夜の中の化け物は九尾程ではないが、思っていたより強大で悪質な奴だったのかもしれない。
カカシはちらりと頭を掠めた想像を追い払い、じっと流暢に印を組む皺だらけの指先を見詰め続けた。
やがてその指は動きを止めた。
「どうだ。」
詰めていた息を吐き、カカシは大きく頷いた。
「見逃した印はありません。ですが。」
疑問が残っていた。
「これをオレが組み直しても、そう簡単にイルカ先生と繋がるとは思えないんですけど。」
これはただの封印術でしかないとカカシは読み取った。カカシのチャクラを編み込んでも封印はただの封印で、イルカと繋がるような複雑な仕掛けは一切見られない。
ふん、と鼻で笑った老人は自分の足元にそう言うのだがと声を掛けた。
机の下からにゃあと聞こえて、カカシはえっと目を見開いた。
するりと三代目の膝に登って四つ足を揃えた夜が、首を伸ばしてカカシの顔を見上げた。
「あんたのチャクラはイルカに同化するって、言ってなかったかしら。」
そうして欠伸をして、濃紺の猫はのんびり毛繕いを始めた。三代目もよしよしと夜の頭を撫で、ご隠居が縁側で寛ぐ図になっているような眼前の光景にカカシはむっとする。
「聞いて…ないだろ。」
「あらそう、じゃあ今言ったから。そういう事よ。」
「解らない。どういう仕組みだ。」
まあまあ落ち着けと喧嘩腰になったカカシに傍らのソファを勧め、三代目が説明を始めた。
「チャクラの性質の問題だ。わしは風水火土雷の性質全てを、そして精神エネルギーの陰も身体エネルギーの陽も扱える。カカシもそうであろう?」
まあ一応、と肯定する。
幸か不幸か幼い頃からあまり苦労せずに忍術を身に付けられて、写輪眼を得てからはコピーした術を使う為にちょっと頑張ったけど。性質なんてつい最近、何かの話の折にイルカ先生に聞かれてそうかと己が身を振り返ったんだっけ。
元々は雷と水だけだが今では全ての性質が扱えるし、そういえば陰も陽もと答えた記憶がある。
「だがたとえ歴代の火影でも、全員が全てを使えはしなかった。遺伝的な要素もあるし、修業で簡単に身に付く訳でもないからのう。ミナトなどは、使えないなら誰かが補佐してくれればいいと言っておって。」
ああ案外面倒くさがりで諦めが早く、得意技だけを磨き頂点に上り詰める人だった。思い出し、微笑みながらカカシは頷く。
「しかしな、イルカに対する封印術は全てが揃わねば掛ける事ができん。」
そうして長々と説くイルカの性質がうんぬんコハリの性質がかんぬん、夜が三代目を止めなければカカシは居眠りを始めただろう。
「大まかに言えば、組み込まれているコハリ様とイルカの性質を全てカバーしている人間でなきゃいけないの。あんたは写輪眼があるから五大性質全部を持ってるでしょ。で、イルカの陰の精神エネルギーになんでかあんたの精神エネルギーがぴったり重なるのよね。」
爺様も耄碌したから話が長いわねえと素っ気なく夜は呟き、続けてと火影に言い放つ。ほいよと軽く返答した三代目は優しい笑顔で、どちらが偉いのかと聞くのも憚られた。
「掛け直しは慎重にせねばならん。わしのチャクラを抜いてすぐ、空いた場所にカカシのチャクラを入れる。例えて言うとだ、長く細い紐を何本も縄のように撚ってあるところを一本抜いてそこに別の一本を入れていく。そうイメージすれば良いのだ。」
まずチャクラを煙よりも微細な粒に変化させるところからが難しい。
高度すぎるだろ、とその方法についても指南を受けてカカシは久しくなかった疲労を実感した。
夜とイルカが揃って眠っている時が良い。だがどれだけ時間が掛かるかは不明だから、と強制的に眠らせる事を勧められた。
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