向かい合わせに食卓に着き、お互いに動揺を気取られないようにと俯き気味に食事を始めた。
二人とも自分の感情を抑える事に気を取られ、相手がどんな顔をしているかなどまるで見ていなかった。
顔を見ればきっと言葉が出てしまう。迷惑でしょう、困るでしょう。
でも。
行かないで。
行きたくない。
張り詰めた空気さえ気付かない程に、我慢して我慢して。
薄ら笑いを浮かべながら、淡々と会話をする。
「急な事でしたので、オレの後任はまだ決まっていません。のちほど連絡致します。」
「いや、もう調子はいいので飯だけ運んでもらえれば。」
「とにかく、必ず依頼しますから。」
本当にすみませんとカカシと目を合わせず逃げ去るイルカを、頑張ってとカカシは無理矢理口角を上げて見送り暫く玄関に佇んでいた。
そういえば夜は、と思い出したがいつの間にか気配すら残さず消えていた。
一人掃除を続けてもさっきまでの勢いはどこへ飛んでいったか、やたらと溜め息が落とされその度に手も止まった。
陽が高くなれば窓から入る風はただ熱く、動かずともじわりと汗が滲む。
大事な人達がまた消えるのが怖くて、もう長いこと誰とも馴れ合わずにすごしていたのに。
とうとうイルカ先生は、オレの大事な人になってしまった。
今思い返せば、予感がしたから興味はないと視線の先から追い出していた。子供好きで世話好きのいい人、で括っておけば夜が先生を近付けてきて。
いや夜の頼みなんて最初に退けられたのに、オレが自ら一歩を踏み出してしまったんだ。
まだ埃の溜まる床に座り込み、カカシは窓から流れ込む街の喧騒を初めて煩わしくないと感じた。
最初から、多分。
運命だったと、認めよう。
浮かべた笑顔は誰も知らない清らかなもの。
次に来る世話人を受け入れられるかカカシは少し悩んで、部屋には上げずに飯だけ運んでもらおうと決めた。
いつ、どうイルカに話を切り出そう。あらかじめ夜が粗方を伝えてくれていた方がいいのか、夜と二人で話した方がいいのか、カカシはぐるぐると回るそればかりに何時間も費やしていた。
昼すぎに訪ねて来たのは顔見知りの上忍だった。正確には割合仲が良いとの世間の認識がある男。
「よう、生きてるな。」
「アスマ?」
「遅くなってすまねえ、イルカから飯を頼まれたからよ。勘違いするな、割合自由が利く上忍師で持ち回りだ。」
勘違いって、何を。
イルカと親しそうなアスマの口振りに小さな動揺を気取られたカカシは、くそと呟き視線を逸らした。その顔がアスマには面白い。
ほいよと弁当をカカシの手に乗せ、アスマはさっと踵を返した。玄関を出る際に振り返り、わざわざにやりと笑ってカカシを煽る。
「とうとう決めたか。」
何も知る筈がないのに知っているようで、カカシは知らず尖った声を出した。
「イルカ先生がお前に教えたのか?」
「何を?」
引っ掛かった、とカカシは胸の内で舌打ちをし口を噤んだ。
「イルカはただ飯を運んでくれと頼んだだけだ。お前は身の回りの世話なんか、イルカ以外に望んじゃいねえだろ?」
パタンと扉が閉まり、カカシはゆっくりとソファに移動し寝転んだ。
はああ、と溜めていた息が声になる。
部屋の掃除は途中で止まったまま、泥棒に入られたような状態でまた封印された。
上忍師達が代わる代わる、見繕った三食を届けてくれた。皆カカシの顔を見ては安心して帰る。
紅などはどうせ作ってもイルカ以外のなんか食べないでしょうと笑った。そんな事はないと言えたら良かったが、図星を突かれたカカシは素直に頷いてしまったのだ。
早く外に出られるといいわね、と紅はそれだけ言って去った。
7日目、医療班の元へ赴きカカシの役目は終わった。その足で三代目を訪ねる。
「火影様、やっと監禁から解放されました。」
「監禁ではないぞ、軟禁だ。」
冗談の応酬にも、渋い顔は表情筋がないのかと思える程変わらない。
「夜から聞いたが、あいつも無理をしよるな。」
何を、とはカカシは聞き返さなかった。
「夜の決意に触発されたんじゃなく、よく考えた末にオレも腹を括りましたよ。」
カカシがそう言うだろうとは予想していたが、自分の耳で聞くとまた違うものだと三代目火影は知った。力が抜けて椅子に背を預ける。
「お前がわざわざ背負わんでも。」
イルカの一生を。
言葉を飲み込む三代目に、カカシは微笑む余裕さえあった。
「オレ自身が決めたんです。」
そうか、と頷いた目の前の老爺が辛そうに眉を寄せて目を瞑るさまの方が見ていて辛い。
軽口で慰めようとカカシが口を開く前に、顔を上げた火影の目が光った。皺だらけの手が僅かに動くとぴしりと結界が張られた音がした。
「では伝授しよう。」
後戻りはできない。
カカシは姿勢を正した。
二人とも自分の感情を抑える事に気を取られ、相手がどんな顔をしているかなどまるで見ていなかった。
顔を見ればきっと言葉が出てしまう。迷惑でしょう、困るでしょう。
でも。
行かないで。
行きたくない。
張り詰めた空気さえ気付かない程に、我慢して我慢して。
薄ら笑いを浮かべながら、淡々と会話をする。
「急な事でしたので、オレの後任はまだ決まっていません。のちほど連絡致します。」
「いや、もう調子はいいので飯だけ運んでもらえれば。」
「とにかく、必ず依頼しますから。」
本当にすみませんとカカシと目を合わせず逃げ去るイルカを、頑張ってとカカシは無理矢理口角を上げて見送り暫く玄関に佇んでいた。
そういえば夜は、と思い出したがいつの間にか気配すら残さず消えていた。
一人掃除を続けてもさっきまでの勢いはどこへ飛んでいったか、やたらと溜め息が落とされその度に手も止まった。
陽が高くなれば窓から入る風はただ熱く、動かずともじわりと汗が滲む。
大事な人達がまた消えるのが怖くて、もう長いこと誰とも馴れ合わずにすごしていたのに。
とうとうイルカ先生は、オレの大事な人になってしまった。
今思い返せば、予感がしたから興味はないと視線の先から追い出していた。子供好きで世話好きのいい人、で括っておけば夜が先生を近付けてきて。
いや夜の頼みなんて最初に退けられたのに、オレが自ら一歩を踏み出してしまったんだ。
まだ埃の溜まる床に座り込み、カカシは窓から流れ込む街の喧騒を初めて煩わしくないと感じた。
最初から、多分。
運命だったと、認めよう。
浮かべた笑顔は誰も知らない清らかなもの。
次に来る世話人を受け入れられるかカカシは少し悩んで、部屋には上げずに飯だけ運んでもらおうと決めた。
いつ、どうイルカに話を切り出そう。あらかじめ夜が粗方を伝えてくれていた方がいいのか、夜と二人で話した方がいいのか、カカシはぐるぐると回るそればかりに何時間も費やしていた。
昼すぎに訪ねて来たのは顔見知りの上忍だった。正確には割合仲が良いとの世間の認識がある男。
「よう、生きてるな。」
「アスマ?」
「遅くなってすまねえ、イルカから飯を頼まれたからよ。勘違いするな、割合自由が利く上忍師で持ち回りだ。」
勘違いって、何を。
イルカと親しそうなアスマの口振りに小さな動揺を気取られたカカシは、くそと呟き視線を逸らした。その顔がアスマには面白い。
ほいよと弁当をカカシの手に乗せ、アスマはさっと踵を返した。玄関を出る際に振り返り、わざわざにやりと笑ってカカシを煽る。
「とうとう決めたか。」
何も知る筈がないのに知っているようで、カカシは知らず尖った声を出した。
「イルカ先生がお前に教えたのか?」
「何を?」
引っ掛かった、とカカシは胸の内で舌打ちをし口を噤んだ。
「イルカはただ飯を運んでくれと頼んだだけだ。お前は身の回りの世話なんか、イルカ以外に望んじゃいねえだろ?」
パタンと扉が閉まり、カカシはゆっくりとソファに移動し寝転んだ。
はああ、と溜めていた息が声になる。
部屋の掃除は途中で止まったまま、泥棒に入られたような状態でまた封印された。
上忍師達が代わる代わる、見繕った三食を届けてくれた。皆カカシの顔を見ては安心して帰る。
紅などはどうせ作ってもイルカ以外のなんか食べないでしょうと笑った。そんな事はないと言えたら良かったが、図星を突かれたカカシは素直に頷いてしまったのだ。
早く外に出られるといいわね、と紅はそれだけ言って去った。
7日目、医療班の元へ赴きカカシの役目は終わった。その足で三代目を訪ねる。
「火影様、やっと監禁から解放されました。」
「監禁ではないぞ、軟禁だ。」
冗談の応酬にも、渋い顔は表情筋がないのかと思える程変わらない。
「夜から聞いたが、あいつも無理をしよるな。」
何を、とはカカシは聞き返さなかった。
「夜の決意に触発されたんじゃなく、よく考えた末にオレも腹を括りましたよ。」
カカシがそう言うだろうとは予想していたが、自分の耳で聞くとまた違うものだと三代目火影は知った。力が抜けて椅子に背を預ける。
「お前がわざわざ背負わんでも。」
イルカの一生を。
言葉を飲み込む三代目に、カカシは微笑む余裕さえあった。
「オレ自身が決めたんです。」
そうか、と頷いた目の前の老爺が辛そうに眉を寄せて目を瞑るさまの方が見ていて辛い。
軽口で慰めようとカカシが口を開く前に、顔を上げた火影の目が光った。皺だらけの手が僅かに動くとぴしりと結界が張られた音がした。
「では伝授しよう。」
後戻りはできない。
カカシは姿勢を正した。
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