18

ぎょっとしたイルカは、強張った顔をそのままカカシに向けた。
「な、なんで。」
「だって先生、一緒にいても気負わずにすむから楽なんだもの。」
「…ありがとうございます。」
落ち着け、とイルカは震える指を箸と共に握り込んだ。カカシ先生がそう思ってくれたなら、頑張りも無駄ではなかったんだ。これは任務、俺はただの世話人以外の何者でもない。
でもねぇ意外だったんだなあ、と間延びした言葉が続いた。
「イルカ先生は怒るとちびる程怖いって、ナルトが教えてくれて他の二人も思いきり頷くし。」
「ナルト…! サスケにサクラまで!」
ぎりぎりと聞こえそうな歯ぎしりをし、誰もいない外に目を向ける。まっすぐ三人に届いて拳骨を喰らわせそうな勢いだが、イルカなりの羞恥を隠すポーズだ。
「だから失礼だけど、融通がきかない固い人ってずっと思い込んでいました。」
「よく言われます。」
ぺこりと頭を下げた。生徒達に舐められない為には仕方ないのだが、放課後にも切り替えができずに受付に座る事がある。そんな時に報告に来た忍びに、笑顔が見せられずに失敗したと何度反省しただろう。
冷めた茶をぐいと飲み干したイルカがはあと肩を落とす姿に、カカシはくすりと笑った。
「でも貴方はとても温かい。懐に入ったら、誰でもその温かさに離れられないと思いますよ。」
夜を見れば解る事だ。あんなに無条件で命を張ってまでイルカ先生を守ろうとしているのは、先生が夜と同じように命を張っているからだ。
そうだ、ナルトを守ったじゃないか。
「今のナルトを作ったのは、貴方だから。」
「いいえ。俺は、ずっとあいつの扱い方に困っていました。」
ナルトを庇って背中に怪我をした件では、漸くあの時ナルトの気持ちが理解できて身体が勝手に動いただけだ。
騙されて禁術の巻物を持ち出したナルトを、同僚達のようにやはりあいつかと思いもした。だがただ自分を見てくれ認めてくれと、ずっと思っていたナルトが瞬時に昔の自分に重なったから。
「あれでチャラになったとは思いません。」
悲しそうに笑う。イルカ先生の思いはとうに届いていたのに、なんでそこまで責任を感じるのだろう。
違うな、とカカシはこっそり食事を続けるイルカを盗み見た。これも愛情だ。自分にもらえなかったものを、見返りなど考えずに存分に与えたいのだ。ああ、夜も同じか。
ごちそうさま、と手を合わせてカカシはソファの定位置に戻った。その背を見ながら、イルカは小さくかぶりを振って目を閉じた。
熱は昨日と変わらないからまだ怠い筈だ。ウィルスが死滅するまでは、眠ったからといって調子が戻る訳がない。
ちょっと休みますと横になったカカシは起きて食事をとるだけでも疲労を感じたのだろう、すぐに眠ってしまった。
カカシ先生は俺を信用しているような口振りだったけど、どんなに俺が気配を消そうと気付いてしまうし具合が良いと嘘を付く。染み着いた忍びの癖もあるのだろうけど、本当はまだ信用されていないのかもな。
許されるならもっと我が儘を聞きたい、と寝顔に微笑む。
「どうしたらいいかな。」
子供の扱いは慣れているが、大人に同じ事はできないから。
その内突破口が見付かるかも、と楽天的に思う事にしてイルカはベッドのある部屋に入った。
確かに埃臭い。窓を開け、本格的に掃除に取り掛かる。幸いベランダがあるから、まずは掛け布団を手摺に掛けよう。
何気なく剥がすと辺りが霞む程埃が舞い上がり、吸い込まないように息を止めてイルカは窓際に寄った。
「ぶは。」
我慢できずにベランダに出ると、見上げるアカデミーの同僚と目が合った。割合仲の良いその男は待機組だ、イルカがカカシの世話人だと知っている。
「おはよう、出勤か?」
「おはようイルカ、朝早くから大変だな。」
手を振り去っていく男を見送り、手に持った布団を干して次の作業に取り掛かった。
結局分厚いベッドマットもベランダに出した。新品だが埃臭さが酷くて、流石にこれに寝るのは自分でも嫌だと思ったからだ。
こんな事で忍びで良かったと思うのはどうか。だけど上手くチャクラを配分すれば、軽々―とまではいかないが難なく持ち上げられる事は確かだ。
後は拭き掃除を何回か繰り返せば、多分今夜にはベッドで眠る事は可能だろう。カカシ先生が喜んでくれるなら、とイルカは嬉しそうに微笑んだ。
昼をすぎてもカカシは目を覚まさなかった。イルカは店で食べるような三角サンドイッチを作り、一緒に食べようと皿に並べて目覚めを待っていたが。
起きてこれを見たら、どんな反応をしてくれるかな。喜んでくれるかな。
平日の昼間は静かだ。午後の日差しが南向きの寝室に差し込み、心地よい風が開け放したドアからリビング側にも流れてくる。
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