13

ご馳走さまと手を合わせ、侘しい筈の出来合い弁当の夕食の時間は楽しく終了した。
缶ビール一本では酔うわけもなかったが満腹になれば疲労が表面化し、幾らか眠くなって二人ともほんのり頬が染まっていた。まだ帰りたくない帰したくないと会話はずるずると続く。
「ねえイルカ先生、夜にはオレから報告したいんだけど。」
「わざわざそんな。報告だけなら俺が言えば済みます。」
「いいえ、夜とはもっと話したい事があるんですよ。」
何かを含んだようなカカシの笑みに、ぴくりとイルカの眉が動いた。
「ひと晩でそんなに仲良くなったんですか。」
「おや、妬いてます? 夜にかな、オレにかな。」
ふふんと鼻で笑われ、むうと口を尖らせたイルカは更に頬を染めた。ゆうべ酒を探す間に、内緒話をしているのを目の端で捉えてしまった。ちょっとだけ除け者にされたような気がしたのだ、妬くなんて言葉は見当違いだけど悔しかったのは事実だ。
笑いを噛み殺す事が難しい。イルカ先生と毎日一緒にいたら、どんなに穏やかで楽しい日々が送れるだろうかねぇ。
あまりにも自然に夜とイルカが内側に入り込んできたから、カカシはその意味を深く考えもしなかった。
「先生は自覚がないんでしょ、感情が顔に出てる事にさ。」
テーブルに肘を着き手のひらに顎を乗せ、カカシは斜めに顔を傾げてイルカを見た。
「…やっぱり出ますか。直そうとしてるんですけど、そう簡単にはいきませんよね。」
言った瞬間にまた困ったような表情になる。
「子供相手の癖だろうから全然悪い事じゃないですよ。表情がないと子供は怖がるでしょ。」
だから任務先では大人だって逃げ出しそうになりますよ、とカカシは顔を隠す自分の例を上げてイルカを笑わせた。
「でもカカシ先生は顔を隠しても格好いいし、部下の子供らにも手を抜かないし、俺なんかも見下したりしないし、とってもいい人だから誰にも嫌われません。」
「いやその、本人を目の前にしてよくそこまで言えますよね。」
カカシに媚びる訳ではなく本当にそう思う事が解るイルカにこそ、貴方を嫌う人がいたらお目にかかりたいと反論したいところだ。
「このところ平和だから、オレもきつい任務はないんです。だからまた明日、夜にも会いに。いいですか?」
暇だと言えばこの人が恐縮する必要はない。カカシの策略に、イルカが嵌まるのは当然の事だった。
「先生の部屋が居心地いいから、毎日でも行きたいんですよ。」
はいと返事をしたが、イルカはまだ花柄のカーテンを気にして躊躇う。
「でも、カカシ先生にはお付き合いされている方がいらっしゃるのでは。」
「いませんよ。なんでそんな事を考えました?」
イルカの視線の先を辿り、ああとカカシは納得した。
「家具を買った時に、遮光カーテンがあれしかなかっただけです。一度に纏めて買った方が楽だから、何でもいいやと思ったんですよ。」
確かに薄い水色に柔らかな色使いの白やピンクの大きな花は、独身男には似つわかしくない。けれどどうしてそんな事をイルカが気にするのか、カカシにはさっぱり理解できない。
「別にオレに女がいようが、イルカ先生には関係ないでしょ。貴方と夜の事を話さなければいいんだし。」
それはそうだ。私生活に口を挟む権利も義務もないのだ。
「そうですね、すみません。…俺、明日の授業の準備があるので帰ります。」
これ以上は踏み込むなと一線を引かれてしまった。
当たり前だ。一番近くにいると言ってくれてもあくまで夜を挟んだ関係だから、俺はカカシ先生が話してくれる事だけを知る権利しかない。
一切の跡形を残さないように自分の食べた弁当のごみを持ち、イルカは急いでカカシの部屋を後にした。
玄関のドアが閉まると、あっという間に静かになってしまった。なんだか部屋が広すぎる。
「どうしたんだろ。」
何かまずい事を言ってしまったのだろうか。彼を馬鹿にしたように聞こえたのだろうか。だが今さっきまで、笑って楽しそうにしていたじゃないか。
カカシは床に寝転び、何が悪かったのかと考えたが答えは見付からなかった。
走る必要はなかったが、イルカはやりきれない思いを振り切る為に部屋まで走り続けた。
「俺、どうして…。」
泣きたい理由が解らない。多分それは、夜だけが気付いていた事。
その日はイルカがいくら呼んでも、夜が巻物から出て来る事はなかった。

翌日、イルカは受付に入らなかったので帰宅するまでカカシとは顔を合わせなかった。
また明日、と言ったカカシが来ない。日付が変わるまで待ったが何の連絡もなく、かといってイルカからどうしたのかと訪問の催促をする事は憚られた。
私生活に口を出したから嫌になったのかと、悪い方向にしか思考は辿り着かなかった。
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