いつからかその男はたけカカシは、忍び仲間の輪に入って笑顔を見せるようになっていた。あれほど人と接する事を嫌っていたというのに。
幼少期はとにかく尖っていた。まず大人には馬鹿にされ、自分より優れていると判ると嫌われた。それならば一人で生きよう、と任務の為だけに生きてきた。
長じて多少は環境もマシになり自分でもこれではいけないと解る、だが染み付いた性質はなかなか変えられない。誰かが隣に立つと一歩離れる。触ろうとすれば手を叩き退ける。会話は一往復で終わる。
だがそんな態度でも、誰彼となく惹きつけるフェロモンは溢れていた。里でも一番二番の強く雄々しい男に気に入られようとする者は多かったが、ちゃんと自身で好意の質を見分ける力は備わっていたから、長い間に側にはカカシをカカシとして見る人間だけがいるように淘汰されていった。
写輪眼のカカシという呼び名にあやかりたい者が多すぎるが、身体だけでもとすり寄る女には目もくれない。勿論そういった志向の男にも。
知ってるだろうに、なんで玉砕したがるんだ。と隊長は今も目の前でカカシに群がる者達を哀れみ、思考を切り替える為に頭を振った。
「さて、暫くは休戦らしい。犠牲が多すぎてあちらの国から和平を申し出たと、今綱手様から連絡が来た。」
カカシの親しい友人が隊長であるこの大隊は、山中で曖昧な国境線を少しでも広げたい隣国を、火の国側でひと月前から迎え討っていた。
カカシが舌打ちし、隊長が鼻で笑う。
「和平じゃないよ、負けたって認めりゃいいのに。」
「まぁいいさ、綱手様が上手く条件を提示するだろ。」
火影として稀に見る戦略家の綱手ならば、どんな相手だろうと丸め込む事など昼寝の傍らにやってしまうだろう、とは本人には言えないがそれだけの人物なのだった。
取り敢えず待機だ、と髭の隊長が交代での見張りの指示をしひと月振りの休息を取る事になった。
その男はたけカカシは、親しい仲間の上忍達と行動を共にし笑っていた。鼻から下を隠してはいるが、表情が和らいでいるのが判る。
「なんかさ、はたけ上忍って雰囲気が変わったよな。」
「うん、よく笑うし、話し掛けやすくなった。」
「でも相変わらず女の色目は無視するけどな。」
「勿体ねえな。」
何度も部下として同じ隊に組まれた者達が、首を傾げるほどに優しくなったらしい。
「おっと忘れてた、綱手様から食料の補給が届くとの伝言だ。」
ここ数日は新鮮な食材も底をつき、乾燥させた米と野菜を粥にするような食事しか取れていない。狩りで肉や魚は手に入るが、野菜と米はどうにもならない。草なんかもってのほかだ。
食事は士気と健康に関わるからと、流石は医療忍の綱手の配慮だった。
隊長は少し考えて、ぐっと眉を寄せた。
「待ち遠しいだろうが、明日の昼に間に合うかどうかだな。」
わっと若い者達が湧く。補給のありがたみを知る戦忍達だ。
「明日には着くなら、何の文句もありません。」
「あったかい飯を作れる奴が来るといいよなぁ。」
誰でもいいから、あり合わせの食材でも美味しいものを作ってくれ。それが戦忍の本音だった。
「おい、浮かれてないでちゃんと見張りをしろよ。休戦と言ってても、あっちがどう出るかは解らん。こちらが緩んだ隙を叩かれちゃ忍びとしてはまずいからな。」
隊長に注意されて姿勢を正し、はいと素直に態度を改めるところも慣れた戦忍達だった。
しかし慣れているのは良いのか悪いのか、緊張感が抜けた宵闇の中あちこちで、かりそめの恋人達はそっと愛の言葉を交わしていた。一日中行動を共にすれば、ああこの人好みだと見詰め合って情も湧く。里に戻っても恋を維持する事ができるかどうかは半々だと知っていても、明日さえ保障がないのだと求める心に嘘はつかない。
カカシに今だけでもと縋る者も、ずっと好きでしたと告白する者も出た。けれどカカシは告白を聴き終わって頭を下げると、ただ無言で立ち去る。それは拒否の意だと解って彼女らは泣くかと思えば、果敢にも再攻撃を仕掛ける者が大半だ。
翌日の昼飯をちょうど食べ終わる頃、食料の補給部隊が到着した。
「残念、間に合いませんでしたね。丸一日を切る新記録で着いたのになぁ。」
すみませんと何度も隊長に頭を下げて笑う男に、若い戦忍達がおやと首を傾げた。
「なああれ、先生だよな。暇じゃないだろうに、どうして来たのかな。」
「ああほんと、イルカ先生だ。すっげえ久し振りだよな。」
十代であろうほど若い彼らは、そのうみのイルカのアカデミーでの教え子だった。卒業してまだ三年も経っていないが滅多に会えず、だが会えば会いたくてしかたなかったとイルカは大袈裟に喜んでくれる。
他の者達も集まり、俺はいつ卒業だ俺はその前だ後だと賑やかになった。
ただ駐留隊は分かれて警備に回り、教師と教え子達の挨拶は夕食の時間まで持ち越しとなった。
二十代半ばを漸く越したイルカだが、アカデミーの教師としてはそこそこの経験がある。世話好きで生徒に慕われ、投げ出したい事に愚痴を零しながらも真面目に取り組む姿勢に同僚達にも信頼は厚い。
今は五月、イルカも担任は持たないとしても授業はあるはずだ。そう隊長が聞けば、綱手様が融通をつけてくれたと笑って目を細めた。
アカデミーの内情は門外漢だから、そうかと収めて隊長は夕食を頼んで見回りに出た。
幼少期はとにかく尖っていた。まず大人には馬鹿にされ、自分より優れていると判ると嫌われた。それならば一人で生きよう、と任務の為だけに生きてきた。
長じて多少は環境もマシになり自分でもこれではいけないと解る、だが染み付いた性質はなかなか変えられない。誰かが隣に立つと一歩離れる。触ろうとすれば手を叩き退ける。会話は一往復で終わる。
だがそんな態度でも、誰彼となく惹きつけるフェロモンは溢れていた。里でも一番二番の強く雄々しい男に気に入られようとする者は多かったが、ちゃんと自身で好意の質を見分ける力は備わっていたから、長い間に側にはカカシをカカシとして見る人間だけがいるように淘汰されていった。
写輪眼のカカシという呼び名にあやかりたい者が多すぎるが、身体だけでもとすり寄る女には目もくれない。勿論そういった志向の男にも。
知ってるだろうに、なんで玉砕したがるんだ。と隊長は今も目の前でカカシに群がる者達を哀れみ、思考を切り替える為に頭を振った。
「さて、暫くは休戦らしい。犠牲が多すぎてあちらの国から和平を申し出たと、今綱手様から連絡が来た。」
カカシの親しい友人が隊長であるこの大隊は、山中で曖昧な国境線を少しでも広げたい隣国を、火の国側でひと月前から迎え討っていた。
カカシが舌打ちし、隊長が鼻で笑う。
「和平じゃないよ、負けたって認めりゃいいのに。」
「まぁいいさ、綱手様が上手く条件を提示するだろ。」
火影として稀に見る戦略家の綱手ならば、どんな相手だろうと丸め込む事など昼寝の傍らにやってしまうだろう、とは本人には言えないがそれだけの人物なのだった。
取り敢えず待機だ、と髭の隊長が交代での見張りの指示をしひと月振りの休息を取る事になった。
その男はたけカカシは、親しい仲間の上忍達と行動を共にし笑っていた。鼻から下を隠してはいるが、表情が和らいでいるのが判る。
「なんかさ、はたけ上忍って雰囲気が変わったよな。」
「うん、よく笑うし、話し掛けやすくなった。」
「でも相変わらず女の色目は無視するけどな。」
「勿体ねえな。」
何度も部下として同じ隊に組まれた者達が、首を傾げるほどに優しくなったらしい。
「おっと忘れてた、綱手様から食料の補給が届くとの伝言だ。」
ここ数日は新鮮な食材も底をつき、乾燥させた米と野菜を粥にするような食事しか取れていない。狩りで肉や魚は手に入るが、野菜と米はどうにもならない。草なんかもってのほかだ。
食事は士気と健康に関わるからと、流石は医療忍の綱手の配慮だった。
隊長は少し考えて、ぐっと眉を寄せた。
「待ち遠しいだろうが、明日の昼に間に合うかどうかだな。」
わっと若い者達が湧く。補給のありがたみを知る戦忍達だ。
「明日には着くなら、何の文句もありません。」
「あったかい飯を作れる奴が来るといいよなぁ。」
誰でもいいから、あり合わせの食材でも美味しいものを作ってくれ。それが戦忍の本音だった。
「おい、浮かれてないでちゃんと見張りをしろよ。休戦と言ってても、あっちがどう出るかは解らん。こちらが緩んだ隙を叩かれちゃ忍びとしてはまずいからな。」
隊長に注意されて姿勢を正し、はいと素直に態度を改めるところも慣れた戦忍達だった。
しかし慣れているのは良いのか悪いのか、緊張感が抜けた宵闇の中あちこちで、かりそめの恋人達はそっと愛の言葉を交わしていた。一日中行動を共にすれば、ああこの人好みだと見詰め合って情も湧く。里に戻っても恋を維持する事ができるかどうかは半々だと知っていても、明日さえ保障がないのだと求める心に嘘はつかない。
カカシに今だけでもと縋る者も、ずっと好きでしたと告白する者も出た。けれどカカシは告白を聴き終わって頭を下げると、ただ無言で立ち去る。それは拒否の意だと解って彼女らは泣くかと思えば、果敢にも再攻撃を仕掛ける者が大半だ。
翌日の昼飯をちょうど食べ終わる頃、食料の補給部隊が到着した。
「残念、間に合いませんでしたね。丸一日を切る新記録で着いたのになぁ。」
すみませんと何度も隊長に頭を下げて笑う男に、若い戦忍達がおやと首を傾げた。
「なああれ、先生だよな。暇じゃないだろうに、どうして来たのかな。」
「ああほんと、イルカ先生だ。すっげえ久し振りだよな。」
十代であろうほど若い彼らは、そのうみのイルカのアカデミーでの教え子だった。卒業してまだ三年も経っていないが滅多に会えず、だが会えば会いたくてしかたなかったとイルカは大袈裟に喜んでくれる。
他の者達も集まり、俺はいつ卒業だ俺はその前だ後だと賑やかになった。
ただ駐留隊は分かれて警備に回り、教師と教え子達の挨拶は夕食の時間まで持ち越しとなった。
二十代半ばを漸く越したイルカだが、アカデミーの教師としてはそこそこの経験がある。世話好きで生徒に慕われ、投げ出したい事に愚痴を零しながらも真面目に取り組む姿勢に同僚達にも信頼は厚い。
今は五月、イルカも担任は持たないとしても授業はあるはずだ。そう隊長が聞けば、綱手様が融通をつけてくれたと笑って目を細めた。
アカデミーの内情は門外漢だから、そうかと収めて隊長は夕食を頼んで見回りに出た。
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