6

カカシの正面に並ぶ領主や官僚の娘達は、若さにはち切れそれなりに美しく可愛らしい。
若い頃のカカシならば冗談半分に、一人ずつ夜の相手をしてから決めるとでも言い出したろう。それを本気にした目に夜這いをかけて、女の食べ比べをしたかもしれない。
だがイルカを想うようになって、そんな軽口一つ叩く気も起きない。どんな女に身体を預けてもまともに反応せず、溜まるものはイルカを想像してやっと吐き出せる有り様だ。
「妻は、欲しいとはおもわないのです…。」
「何を仰る、火影ならば次世代を作らねば。」
ぎらりと光る大名の目に忍びを直接配下に置きたい野望を感じ、カカシは目を逸らし大名の後ろに立つイルカを見た。
「我が子でなくとも里の子は、皆可愛いものです。それに私は忍びが長すぎて、もう一般の人のような生活はできないと思いますので。」
イルカを見詰めて言う。
「この人の冗談にお付き合いさせて、申し訳ありませんが。」
「火影様、私は本当に、」
イルカの狼狽に、振り向いた大名が笑う。
「うみのがせっかくお膳立てしてくれたのに、火影殿はつれないのぉ。」
大名はカカシの言葉を本気にはしていない。断られたと怒り出すかと思われたが、笑う顔にほっとしたイルカは大名に小さな声で詫びを入れた。
大名は娘達を帰す事なく、空いた時間に相手をすればいいと提案された。嫌々頷きながらカカシは、ならばイルカを側から離さないようにと考える。女と二人きりになった途端に裸になられても、きっと触れたくなくて逃げ出す。
結局昼飯はイルカに宥められ、そこで食べる事になった。昔のように素早く食べ終わるか幻術で布を下ろしていないように見せるかしなく、カカシは幻術を選び大名の後ろ自分の斜め前に立つイルカにだけ顔を見せて食事を終えた。
見慣れているだろうイルカが、じっとカカシの顔を見ている。その頬が染まっているように思えて、カカシは時折わざとイルカに微笑みを向けていた。
―先生の気持ちがオレにないにしても、オレは貴方が好きなんだ。
絶対に言わないけれど、態度で知らしめる事は許して欲しい。
そんなカカシの想いは、イルカに伝わっているだろうか。

昼休憩もそこそこに巻物の山の中に座るが、夕方になるまでにカカシは思いきり不機嫌になった。半時毎に女達が入れ替わり立ち替わり茶と菓子を持ってきて、度毎に休みましょうと言う。巻物は全く読み進められない。
「イルカはどこ!」
女達を部屋から追い出し、幸に連れて行かれたろうイルカを探す。
気配を断たないからすぐに見付け出せたが、イルカは幸とともに中庭で池の鯉に餌をやっているところだった。
無言で腕を掴み、巻物の部屋へ引き込むと襖に結界札を張った。
「あんたはオレをどうしたいの!」
それが本音だった。
怒気が抑えられず、気に潰され掛けたイルカは腰を抜かしていた。
「女なんか要らない!」
ぶるぶると震える拳を畳に叩き付け、カカシは蹲った。背を丸め、額を畳に着けるとぎりぎりと歯を食い縛る。
「…なんでなの?」
か細い声も震えている。
イルカは下唇を噛み、黙ってカカシを見ていた。
暫しの沈黙の後にふう、と息を吐いてイルカが口を開いた。
「火影様が寄り添える方が、必要だと思いまして。…申し訳ありません。」
「申し訳ありませんて、何に対してですか。」
蹲ったまま、カカシがイルカの言葉に食らい付く。
「火影様のお気持ちにです。」
「知らないくせに。」
「え?」
「オレが何を考えているか、あんたは知らないだろう。」
のそりと顔を上げて潤んだ目をイルカに見せると、イルカは瞠目して息を飲んだ。
「は、い、」
「オレはね、ずっと好きな人がいるんだ。だけど相手に迷惑が掛かるから気持ちは言えなかったし、死ぬまで言わないつもりだ。今は好きでもない女は触る気にもならない。」
そして両手で顔を隠しぼそりと呟いた言葉は、イルカには届かなかった。
―イルカが欲しい―
やがて落ち着きもういい、と顔を上げたカカシからは表情が消えていた。
「カカシさん…?」
「あんたは帰って。今からシズネを呼ぶ。」
口を引き結び小さな巻物を広げ、指先で見えない印を書き付けていく。
待って下さいとイルカはカカシに手を伸ばし、小鳥に変化した巻物を掴もうとした。ぱしりと叩かれ避けられた手が、宙に浮く。
どうして。と怯え泣きそうな顔は色をなくし、カカシは初めて見た顔に思わずイルカの身体を引き寄せていた。
泣き顔は見たくないが。
失敗した。
イルカを腕に抱いて、オレはどうする気だ。
カカシは思いあぐね、躊躇いながらゆっくり身体を離した。
「里に帰って、以前のようにアカデミーの先生やってて。もうオレに関わらないようにしておく。」
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