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カカシの為に用意された部屋は、客用の離れの建物の中でもイルカの部屋とは階が違った。眺めの良い最上階全てを解放されたが、断ってカカシは一番狭い部屋に籠る。カカシの警備の為にと嘘をつき、イルカも襖一枚隔てた隣の部屋に呼び寄せた。
「さっきはいきなり、申し訳ありませんでした。」
「まさかね、先生がオレを売り渡すなんて思いもしませんでしたよ。」
「へへ、あの時のカカシさんの顔ったら。」
午前中から始まった宴会は、次々と集まる近隣の実力者達と酒を酌み交わし彼らが酔い潰れた深夜にまで及んだ。
二人とも酒には弱くないが、気を使う接待で酔いが回るし精神的に疲労困憊で頭も働かない。二人きりになると、元々気安い仲だったから会話も態度も当時に戻った。
「今だけかな。」
カカシの独り言を拾ったイルカが、横から心配そうな顔を見せた。
「どうしました?」
「で、貴方の思惑を聞かせて下さいな。」
触れ合う程近く寄られて距離を取っては不自然だと代わりに話を変えてみるが、胸の鼓動は抑えられないからついイルカから目を逸らしてしまった。
「それなんですが。」
イルカの声が沈む。カカシが目を逸らしたのは、不遜な態度に思われたからだと勝手な解釈をして。
「大名達がカカシさ、いえ六代目に気を取られている隙に少し探らせてもらったんです。」
六代目と言い直した事が気になるが、それよりイルカが探っていた内容を知らなくてはならない。
「何を?」
「呪詛です。」
ああ、とカカシが顔を上げて何かを思い出す様子にイルカが腰を浮かした。
「朝早く着いたので付近を探索したら、呪術の気配を感じたって護衛の一人が感知しましたね。」
ぐるりと見回したカカシは、顎に手をやり考え込んだ。その先を待つイルカの視線はじっとカカシに注がれていて、イルカだけだからと晒した素顔が少し恥ずかしい。
「心配はないと思ったので、皆帰しちゃいましたけど。」
言い終わる前に、カカシはイルカを腕に囲って手裏剣を構えた。
「カカシさん、」
「聞き耳たててるのは誰でしょうか。」
手裏剣を襖に突き立てると、足音が走って消えた。
「お付きの侍だね。馬鹿らしい、謀反なんか企てないのに。」
わざと結界も張らずにいたというのに、信頼されていないのかとカカシは溜め息をついた。
「当たり前ですよ、私にも付いてます。」
囲われたままの腕に手を置き、背中のカカシを振り返ったイルカと目が合って一瞬心臓が止まったかと思った。
「どうか、ご自分の身だけを心配して下さい。」
「駄目、先生は里に大事な人だから。」
カカシは理性が働いて抱き締めなかった事にほっとしつつ、吹き出る汗をそっと拭った。
中断させられた呪詛の話は、イルカもまだ収集しきれていないので報告までには至らないと終わってしまった。
明日も引き続き調べると言うので、カカシも手伝いたいと言ったが退けられた。確かにイルカなら上手く立ち回れる筈だと納得したが、深入りはするなと釘を刺しておく。
言うことを聞くような人じゃないけど―カカシは心配で閉じ込めておきたい自分と葛藤して泣きそうだった。
イルカが伸びをして、寝ますかと立ち上がった。隣の部屋に向かうその後ろ姿を、引き止めそうになった自分を抑えてお休みと言う。
カカシの気持ちを知らないイルカも同じく返し、良い夢をと以前のような優しい顔をした。
ぱたりと閉じた襖を見詰めて、カカシは思い出す。火影になってから、イルカの笑顔が表面的になった。人前では敬意を見せるのは仕方ないけれど、いつも崩さないその張り付けたような笑顔が寂しかった。
綱手に頼んでイルカを側に置いてもらうようにしたが、かえって一線を引かれた気になって後悔している。
「うん、あいつなら何も取り零しはないだろう。」
お前は逃げる事しか考えないだろうしね、と綱手はカカシの疚しい心を知らずにイルカを呼び寄せた。
自分なんかではと辞退するイルカに、他に誰ができると綱手はふんぞり返って書類の束を渡した。
シズネも茶菓子と酒瓶を差し出し、定期的に配達させると言えば苦笑いしてイルカは頷いたのだけれど。
イルカの本心は今でも知らない。オレの側は嫌ですか、なんて聞いたら光栄ですと答えるのは解りきった事だ。誰かに聞いてもらって渋々だと言われたら、きっとショックを受けて泣くだろう。
「それでもいてほしい。」
いい年してねえ、と吐かれた溜め息は頭まで潜り込んだ布団の中で渦巻いて消えた。

翌朝から、イルカの指示で一日のスケジュールをこなしていく。カカシは何日逗留するのか、知らずに来ていた。
「先生、オレは里にいなくていいんですかね。」
虫干しの為に巻物を広げてある、襖を開けて繋げた広い幾部屋かを見渡した。
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