翌日の午前中にはイルカが火の国へ発ち、カカシは置いていかれた苛立ちを隠せないまま執務室の椅子に浅く腰掛け天井を睨んでいた。
それでもスケジュールに従わなければイルカの元へは行けないと自分を叱咤し、億劫だが渋々会議を開き書類に判を押す繰り返しを二日。
火の国訪問が優先だと、イルカが新たな問題はできる限り裏方で処理するように手筈をつけていたお陰でカカシは二日目の夜は安心して、何ヶ月振りかに昔馴染みを誘って居酒屋に朝まで居座った。
そのまま居酒屋から出勤した朝早く、まだ陽も昇りきらない頃からカカシは正装のまま走り出していた。護衛の暗部達が追い付かない速度で。
「六代目、お一人ではいけません!」
「お前ら現役だろうが、追い付け。」
あかんべえが見えるような物言いで、カカシは先へと急ぐ。先方に到着したのは朝飯どきで、流石にカカシもその時間は不味いと判断ができた。
―ならばちょいと偵察に。
追い付いた暗部達に休む暇も与えず、周辺の大名や侍の屋敷の気配を探った。身分の高い者達の集まる高台には、そこかしこに侍の警備が立ち巡回している。
「どこの忍びもいないようです。」
感知タイプの一人が報告し、でも…とある屋敷を指差して続けた。
「あそこに術の残滓を感じますが。」
そこはだだっ広い敷地に小さな城のような屋敷が建ち、また警備の侍の数が尋常ではなく数歩おきに屋敷の周りの土塀に張り付いている。
国の重要書類の地下倉庫は収納だけの広さしかなく、日干しも兼ねて一番地位の高い大名屋敷に運び出されているとアオバから知らされている。木ノ葉の里関連の巻物や書類の封印には術が使用されているのだから、感知されても不思議はないだろうとカカシは思った。
でも、とその暗部は首を傾げる。
「呪術のようなものを感じます。悪感情が、少し。」
「ん、気にしとくよ。でもこの国では、呪術に頼る風習が根強く残ってるからねえ。」
古くは呪術師が医者であったり、宗教の教祖だったりした。
「はあ呪術が。我々には解せないですね。」
抜け忍が呪術師を名乗った歴史も、禁忌だが各里には残っていた。忍術は神の業とも崇め奉られていた、とカカシに聞いた暗部達がじゃあオレもとざわめきだしたのも無理からぬ話だ。
「いや、里抜けなんかしませんから。」
六代目に心酔する彼らはその前に自害する、と胸を張る。困ったなあ、とカカシは照れて赤くなった。
「さて、オレは行くよ。門を潜ったら帰っていいから。」
ぞろぞろと十数名が、カカシの後を付いて大名屋敷まで歩いた。
出迎えた警備の侍が大騒ぎし、慌てたアオバとイルカが飛び出してくる。
暗部を知らなければ恐怖だろう、仮面にマントの集団は圧迫感がありすぎた。
お騒がせしましたとイルカが謝り倒し、暗部達を帰すと漸く平静に戻った。
「六代目、これはいくらなんでも。」
咎めながらもイルカは笑った。牽制にはちょうどいい、と言うのだ。
後ろからアオバが語り掛ける。
「どうにも横柄すぎて、ぶちギレしそうです。」
おやまぁこのアオバが、とカカシは振り向いた。
「先生がいいって言うなら帰っていいよ。里も仕事は溜まるばかりだし。」
「いいって言ってます! 帰ります!」
渡りに船だとアオバはいそいそと帰り支度を始めた。カカシを迎えたら帰るつもりでいた、と五分後には姿を消していた。
「挨拶は忘れちゃ駄目だろうが…。」
イルカは仁王立ちして遠くを見ていた。礼儀を忘れては大名に失礼だ。だが誰もアオバの事は気にしない。カカシの接待に大わらわで、これでは忍びの侵入には気付かないだろうと頭も痛くなる。
昼間から宴会になると予想していたし外交には重要だと知っているが、カカシは早く仕事を終えて帰りたいと仏頂面で酒を受ける。
大名との間にイルカがいなければ、不機嫌は倍増していただろう。
「六代目、少しご無礼をお許し下さい。」
空いた盃に酒を注ぐ一瞬にイルカが囁いた。何を、と目で問えばにこりと笑うだけ。そうしてイルカは大名に対して、計算した笑いをうっすらと見せた。
「六代目はこの年まで仕事一筋で、女嫌いかと噂が飛び交うんですよ。」
「なんじゃ、女なぞ囲い放題だろうに。」
品格などどこに捨てたかと眉をひそめたくなる小太りの親父は、がははと下品にカカシを見下したように笑った。
「火影の妻が忍びでなくとも良いならば、儂が見繕ってやろう。」
一人と言わずにな、と傍らの侍女の手を握り引き寄せる。大名は無類の女好きだと、イルカが揃えた資料にあった事を思い出した。
イルカは何をしたいのか、本当にカカシの妻を探す気か。
「でも私は、忙しくて家にも帰れません。お相手に逃げられますよ。」
拳を握り耐えたカカシは、血を吐く思いを隠して笑った。
それでもスケジュールに従わなければイルカの元へは行けないと自分を叱咤し、億劫だが渋々会議を開き書類に判を押す繰り返しを二日。
火の国訪問が優先だと、イルカが新たな問題はできる限り裏方で処理するように手筈をつけていたお陰でカカシは二日目の夜は安心して、何ヶ月振りかに昔馴染みを誘って居酒屋に朝まで居座った。
そのまま居酒屋から出勤した朝早く、まだ陽も昇りきらない頃からカカシは正装のまま走り出していた。護衛の暗部達が追い付かない速度で。
「六代目、お一人ではいけません!」
「お前ら現役だろうが、追い付け。」
あかんべえが見えるような物言いで、カカシは先へと急ぐ。先方に到着したのは朝飯どきで、流石にカカシもその時間は不味いと判断ができた。
―ならばちょいと偵察に。
追い付いた暗部達に休む暇も与えず、周辺の大名や侍の屋敷の気配を探った。身分の高い者達の集まる高台には、そこかしこに侍の警備が立ち巡回している。
「どこの忍びもいないようです。」
感知タイプの一人が報告し、でも…とある屋敷を指差して続けた。
「あそこに術の残滓を感じますが。」
そこはだだっ広い敷地に小さな城のような屋敷が建ち、また警備の侍の数が尋常ではなく数歩おきに屋敷の周りの土塀に張り付いている。
国の重要書類の地下倉庫は収納だけの広さしかなく、日干しも兼ねて一番地位の高い大名屋敷に運び出されているとアオバから知らされている。木ノ葉の里関連の巻物や書類の封印には術が使用されているのだから、感知されても不思議はないだろうとカカシは思った。
でも、とその暗部は首を傾げる。
「呪術のようなものを感じます。悪感情が、少し。」
「ん、気にしとくよ。でもこの国では、呪術に頼る風習が根強く残ってるからねえ。」
古くは呪術師が医者であったり、宗教の教祖だったりした。
「はあ呪術が。我々には解せないですね。」
抜け忍が呪術師を名乗った歴史も、禁忌だが各里には残っていた。忍術は神の業とも崇め奉られていた、とカカシに聞いた暗部達がじゃあオレもとざわめきだしたのも無理からぬ話だ。
「いや、里抜けなんかしませんから。」
六代目に心酔する彼らはその前に自害する、と胸を張る。困ったなあ、とカカシは照れて赤くなった。
「さて、オレは行くよ。門を潜ったら帰っていいから。」
ぞろぞろと十数名が、カカシの後を付いて大名屋敷まで歩いた。
出迎えた警備の侍が大騒ぎし、慌てたアオバとイルカが飛び出してくる。
暗部を知らなければ恐怖だろう、仮面にマントの集団は圧迫感がありすぎた。
お騒がせしましたとイルカが謝り倒し、暗部達を帰すと漸く平静に戻った。
「六代目、これはいくらなんでも。」
咎めながらもイルカは笑った。牽制にはちょうどいい、と言うのだ。
後ろからアオバが語り掛ける。
「どうにも横柄すぎて、ぶちギレしそうです。」
おやまぁこのアオバが、とカカシは振り向いた。
「先生がいいって言うなら帰っていいよ。里も仕事は溜まるばかりだし。」
「いいって言ってます! 帰ります!」
渡りに船だとアオバはいそいそと帰り支度を始めた。カカシを迎えたら帰るつもりでいた、と五分後には姿を消していた。
「挨拶は忘れちゃ駄目だろうが…。」
イルカは仁王立ちして遠くを見ていた。礼儀を忘れては大名に失礼だ。だが誰もアオバの事は気にしない。カカシの接待に大わらわで、これでは忍びの侵入には気付かないだろうと頭も痛くなる。
昼間から宴会になると予想していたし外交には重要だと知っているが、カカシは早く仕事を終えて帰りたいと仏頂面で酒を受ける。
大名との間にイルカがいなければ、不機嫌は倍増していただろう。
「六代目、少しご無礼をお許し下さい。」
空いた盃に酒を注ぐ一瞬にイルカが囁いた。何を、と目で問えばにこりと笑うだけ。そうしてイルカは大名に対して、計算した笑いをうっすらと見せた。
「六代目はこの年まで仕事一筋で、女嫌いかと噂が飛び交うんですよ。」
「なんじゃ、女なぞ囲い放題だろうに。」
品格などどこに捨てたかと眉をひそめたくなる小太りの親父は、がははと下品にカカシを見下したように笑った。
「火影の妻が忍びでなくとも良いならば、儂が見繕ってやろう。」
一人と言わずにな、と傍らの侍女の手を握り引き寄せる。大名は無類の女好きだと、イルカが揃えた資料にあった事を思い出した。
イルカは何をしたいのか、本当にカカシの妻を探す気か。
「でも私は、忙しくて家にも帰れません。お相手に逃げられますよ。」
拳を握り耐えたカカシは、血を吐く思いを隠して笑った。
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