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二十六

「一人になってやっとオレは解った、イルカを愛してる。」
イルカの目を見てゆっくりと言い放った、カカシの真剣な表情。
重なる記憶。
思い出した。
荒波ナガレの日記を受け取りに来たカカシが、記憶のないイルカに語った心情を。
うみのイルカでなかったから吐き出せたであろう、嘘偽りのない本当の気持ちを。
―愛してる。
「あれは、貴方の本当の、」
今度は違う涙が溢れる。
どうしよう、どうしたらいい。
「俺は、どうしたらいいんですか。」
「決まってる、おいで。」
手を広げたカカシに飛び込もうとした、イルカはふらついてそのままカカシに抱き留められた。
ホントに貴方は危なっかしい、とカカシが囁きながら腕で囲めば以前のようにイルカはカカシの首筋に顔をうずめ、カカシはイルカの髪に顔をうずめ、お互いの上がる体温を感じた。微かな体臭が懐かしい。
イルカは目を閉じ両腕をカカシの背中に回して、そびえ立つ孤独という氷山をゆっくり溶かしていった。
荒波に揉まれて流氷とともに流れていったイルカは、真っ暗な海を舵を取り直して港に帰る。
港ではカカシが、そして旧知の仲間達が暖かな光を放つカンテラを手に振って、早く帰ってこいと迎えてくれるのだ。
イルカはもやい綱の先をカカシに預け、二度と港からもカカシからも離れない。
「あのな、お前ら。」
暫く黙っていたが、目の前で愛の営みが始まっては困ると青山が遠慮がちに声を掛けた。
はっと正気に戻ったイルカは真っ赤になり、目を泳がせて下を向いた。カカシも胸元の布を伸ばして鼻まで隠したが、赤い目元までは届かない。
「で、イルカは里に戻るんだろう?」
今度は素直にイルカも頷いた。元々里に自分の居場所はあったのだから、意地を張らずにカカシと共に帰りたい。
この町の人々も、時がたてばイルカを忘れてしまうだろう。最初の内は先生どうしてるかな、なんて思い出してくれるが所詮は通りすがりの旅人なのだ。
「無理しなくてもいいのよ。あと三ヶ月、いい思い出を町の人達に残してあげなさいな。」
また見透かされた。解りやすいと言われる顔を擦って、イルカはひかりに頭を下げた。
アカデミーの生徒達を引き連れ、嬉々として野山を駆けるひかりの姿が目に浮かぶ。
教師として駆け出しのイルカを鍛えてくれていた当時、本当は上忍に推挙されていたのに後輩を育てたいと断ったのだ。イルカはそれを知らぬ振りして、ひかりの期待を裏切らないように努力を惜しまなかったものだ。
前を歩く先輩の後ろ姿が見られなくなるのがとても寂しい。
「ひかり先生とずっと一緒にいたかったのにな。」
「え、ちょ、イルカ先生、オレと里に帰るんだからね。」
カカシよりひかりを選びそうなイルカを、慌てて後ろから抱き締め頬擦りをする。
「やだっ、カカシ君うざい。」
と、そこへ青山とひかりの笑い声に混ざった別の笑い声。
「やった、先輩も安心して任務に向かえますね。一時間後に発ちますから。」
何処から現れたか、むかいが暗部の姿で立っていた。無意識にカカシがイルカを隠すと、むかいがほおっと片眉を上げた。今度こそ二人は離れないだろうと心密かに安堵して。
カカシは嫌な予感に、あからさまに不機嫌な顔を見せた。
「おい、いきなり何だよ。」
「疫病の村の後始末に、幾つかの里へ要請が来ています。」
その村は三国の境に位置し、かつどこの国からも独立した治外法権地域だったらしい。村人が全滅し土地の権利は宙に浮いた。火の国も含め領土争いが始まったから、騒動の鎮圧にカカシもすぐに加勢せよと綱手の命令だった。
「これからイチャパラだったのに。」
しょげるカカシに青山は楽しみはとっとくものだと慰め、やっとだなと穏やかな笑顔でひかりと頷きあった。
イルカはふっと小さく笑うと仕度しましょう、と顔を引き締めカカシの手を引いて急いでアパートに帰った。
「さあ早くカカシ先生の荷物を纏めないと。時間がありませんよ。」
と明るく振る舞うイルカが簡単な任務だとは思っていない事が、カカシの目を見ないからよく判る。
部屋の真ん中で立ち止まったままのイルカを、カカシは後ろからそっと抱いた。ほんの少し、イルカの体が強張った。
「ごめん、行きたくないけど綱手様の直々の依頼だし。」
「謝らないで。貴方が行かなきゃならないの解ってますから。」
任務となれば甘い言葉など後回しだ、帰ったらうんと甘えてうんと甘やかしてやろう。
決意したイルカが振り向きカカシを見詰めて見詰められ、吸い込まれるようにどちらからともなく深く唇を合わせた。
離れがたい。体温を感じていたい。けれどそれを振り切る強さは愛を確認できたからか、イルカは深呼吸をすると行ってらっしゃいと微笑んだ。
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