十一
「…駄目だ、オレを知ったら後悔する。」
鼻を付き合わせる程近くイルカの前にカカシが止まる。
「何故そう言えるんです。」
イルカも怖じ気付く事なくカカシの目を見て言い返す。
「あんたは、」
カカシは一歩下がると小さく首を振った。
―オレを忘れたから。そしてまた、オレを忘れる。
もうすぐ草が来て、全ておしまいだ。
「抱いてなかったね、女の匂いがない。」
―あんたの幸せを望んだ筈なのに、オレは見知らぬ女に嫉妬する。
イルカはカカシの言葉の意味が掴めず戸惑った。
「…だからまだ、そんな関係の人じゃない。」
まだ、という言葉にカカシは気付いた。頬を染めて横を向いたイルカ、その女が好きなのだろうかと怒りで全身に力が籠る。
―諦めたんだろう? 関わらないと決めたんだろう?
頭の片隅の冷静な自分に引き戻され、カカシは日記を受け取るべく手を出した。
「え?」
「日記を。」
はっとイルカも現実に戻り、慌てて数日分の日記を確認しカカシに渡した。
瞬間、手が触れた。
あ、とイルカが小さく声を上げカカシの顔を見た。身体の奥から湧く熱い何かがイルカの頭を締め付け始め、きりきりと立っていられない程の痛みが襲った。
僅かに触れたカカシの指から流れたチャクラが呼び水となり、またイルカの封印が綻び出したのだ。三重の封印も効かない程、イルカは何を求め何を思い出そうとするのか。
咄嗟に抱えたイルカの意識は既になく、このまま連れ去りたい衝動に駆られたカカシだったが、噛んだ唇の痛みで漸く踏み留まれた。
もうすぐこの受け取りも終わり、カカシはイルカの前から永遠に去る。自業自得だとずたずたの心を抱え、逃げる為に戻れないだろう任務をカカシは受けるつもりだ。
本格的な寒さに突入した頃、火の国での教え子の親からイルカに手紙が届いた。転勤でイルカの町の近くの新興住宅地、通称新町に越してくる予定だったが、下見に行った学校に行きたくないと子どもが嫌がって困っているのだという。
学年が百人を越す為に、内に籠りがちなその子は怖いと泣いている。たまたま荒波先生が近くにいると知り、また受け持ってもらえないかと思っている―と締め括られていた。
頼られて断るイルカではない、寧ろ嬉しい。
「校長先生、お願いがあります。」
とイルカは手紙を見せ、受け入れを頼んだ。
一家はこの町に住み、父親は徒歩三十分掛けて通勤する覚悟でいるのだ。
母親は夫の転勤に伴い仕事を辞める、だが落ち着いたら近所で働きたい。
手紙とイルカの話に校長は勿論の事、教師達も手放しで喜んだ。子どもを一番に考える父と貿易会社課長の要職をすっぱり辞める母に、皆が好意を持ったのだ。
早速イルカは了承の返事を送った。何故か開放されると思って深く息を吐いて。
「町田先生のとこ、下の家族向けが空いてましたよね。どうでしょうか。」
「あたしの部屋の真下ね、大家さんに聞いてみます。」
「あ、俺も行きます。今日いいですよね。」
親しげなイルカと町田の会話に塩田がにやにやし、こっそりイルカに聞いてくる。
「そういう事か?」
肘でつつかれ、イルカは大袈裟に痛い振りをして笑う。
「違いますよ、たまにご飯を食べに行く位で。」
「毎週、な。」
バレバレだぞ、とすまして珈琲を啜る塩田に付き合っていないと首を横に振れば、何故だと理由を聞かれてイルカは俯いた。
「…待たせてはいけないと思いますが。」
「が?」
塩田も真剣なイルカの様子に声を潜める。
「もう少しだけ。教え子が越してきて落ち着いたら、結論を出そうと思います。」
「そうか、是非祝福する結論を望むよ。」
真面目に将来を考えるイルカに触発され自分も頑張らなきゃ、と弾む足取りの塩田に笑い、イルカはかつての教え子の為に必要書類を探し始めた。
そう決まれば、早くも一週間後には一家が手荷物だけで現れた。取り敢えず父親の仕事の為と、子どもが学校に慣れる為にと。
住まいはゆっくり決めたいと、親子は旅館のひと部屋を仮住まいと決める。
もうすぐ冬休みに入るから先に友達を作りたいと、教師達への挨拶もそこそこに子どもはクラスに入っていった。
「私の学年ではないのが残念ですが、ご覧の通り小さな学校ですので毎日声を掛けてあげられますし。」
お久し振りです、と両親と握手を交わしたイルカはほっとした。
だがこれで全てが終わるとそんな気がしたのに何処かで危険だと警鐘が鳴り、イルカは戸惑った。
「私の仕事がこれから忙しくなる時期なので、荒波先生には妻と子どもがお世話になると思います。」
丁寧に頭を下げて仕事を抜けてきたから、と新町に戻る男とその家族がとても懐かしい。イルカはさっきの胸騒ぎは気のせいだと思い込む事にした。
「…駄目だ、オレを知ったら後悔する。」
鼻を付き合わせる程近くイルカの前にカカシが止まる。
「何故そう言えるんです。」
イルカも怖じ気付く事なくカカシの目を見て言い返す。
「あんたは、」
カカシは一歩下がると小さく首を振った。
―オレを忘れたから。そしてまた、オレを忘れる。
もうすぐ草が来て、全ておしまいだ。
「抱いてなかったね、女の匂いがない。」
―あんたの幸せを望んだ筈なのに、オレは見知らぬ女に嫉妬する。
イルカはカカシの言葉の意味が掴めず戸惑った。
「…だからまだ、そんな関係の人じゃない。」
まだ、という言葉にカカシは気付いた。頬を染めて横を向いたイルカ、その女が好きなのだろうかと怒りで全身に力が籠る。
―諦めたんだろう? 関わらないと決めたんだろう?
頭の片隅の冷静な自分に引き戻され、カカシは日記を受け取るべく手を出した。
「え?」
「日記を。」
はっとイルカも現実に戻り、慌てて数日分の日記を確認しカカシに渡した。
瞬間、手が触れた。
あ、とイルカが小さく声を上げカカシの顔を見た。身体の奥から湧く熱い何かがイルカの頭を締め付け始め、きりきりと立っていられない程の痛みが襲った。
僅かに触れたカカシの指から流れたチャクラが呼び水となり、またイルカの封印が綻び出したのだ。三重の封印も効かない程、イルカは何を求め何を思い出そうとするのか。
咄嗟に抱えたイルカの意識は既になく、このまま連れ去りたい衝動に駆られたカカシだったが、噛んだ唇の痛みで漸く踏み留まれた。
もうすぐこの受け取りも終わり、カカシはイルカの前から永遠に去る。自業自得だとずたずたの心を抱え、逃げる為に戻れないだろう任務をカカシは受けるつもりだ。
本格的な寒さに突入した頃、火の国での教え子の親からイルカに手紙が届いた。転勤でイルカの町の近くの新興住宅地、通称新町に越してくる予定だったが、下見に行った学校に行きたくないと子どもが嫌がって困っているのだという。
学年が百人を越す為に、内に籠りがちなその子は怖いと泣いている。たまたま荒波先生が近くにいると知り、また受け持ってもらえないかと思っている―と締め括られていた。
頼られて断るイルカではない、寧ろ嬉しい。
「校長先生、お願いがあります。」
とイルカは手紙を見せ、受け入れを頼んだ。
一家はこの町に住み、父親は徒歩三十分掛けて通勤する覚悟でいるのだ。
母親は夫の転勤に伴い仕事を辞める、だが落ち着いたら近所で働きたい。
手紙とイルカの話に校長は勿論の事、教師達も手放しで喜んだ。子どもを一番に考える父と貿易会社課長の要職をすっぱり辞める母に、皆が好意を持ったのだ。
早速イルカは了承の返事を送った。何故か開放されると思って深く息を吐いて。
「町田先生のとこ、下の家族向けが空いてましたよね。どうでしょうか。」
「あたしの部屋の真下ね、大家さんに聞いてみます。」
「あ、俺も行きます。今日いいですよね。」
親しげなイルカと町田の会話に塩田がにやにやし、こっそりイルカに聞いてくる。
「そういう事か?」
肘でつつかれ、イルカは大袈裟に痛い振りをして笑う。
「違いますよ、たまにご飯を食べに行く位で。」
「毎週、な。」
バレバレだぞ、とすまして珈琲を啜る塩田に付き合っていないと首を横に振れば、何故だと理由を聞かれてイルカは俯いた。
「…待たせてはいけないと思いますが。」
「が?」
塩田も真剣なイルカの様子に声を潜める。
「もう少しだけ。教え子が越してきて落ち着いたら、結論を出そうと思います。」
「そうか、是非祝福する結論を望むよ。」
真面目に将来を考えるイルカに触発され自分も頑張らなきゃ、と弾む足取りの塩田に笑い、イルカはかつての教え子の為に必要書類を探し始めた。
そう決まれば、早くも一週間後には一家が手荷物だけで現れた。取り敢えず父親の仕事の為と、子どもが学校に慣れる為にと。
住まいはゆっくり決めたいと、親子は旅館のひと部屋を仮住まいと決める。
もうすぐ冬休みに入るから先に友達を作りたいと、教師達への挨拶もそこそこに子どもはクラスに入っていった。
「私の学年ではないのが残念ですが、ご覧の通り小さな学校ですので毎日声を掛けてあげられますし。」
お久し振りです、と両親と握手を交わしたイルカはほっとした。
だがこれで全てが終わるとそんな気がしたのに何処かで危険だと警鐘が鳴り、イルカは戸惑った。
「私の仕事がこれから忙しくなる時期なので、荒波先生には妻と子どもがお世話になると思います。」
丁寧に頭を下げて仕事を抜けてきたから、と新町に戻る男とその家族がとても懐かしい。イルカはさっきの胸騒ぎは気のせいだと思い込む事にした。
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