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「イルカ先生、何処から手をつけますか。」
サクラが母親から借りてきた割烹着を着けると、イルカの指示を仰いだ。
先ずは天井から埃を祓う。上から下へ埃を落として、床を掃いて雑巾がけ。襖や障子は取り外し外で濡れ雑巾で軽く拭く、と各々に割り振ってやる。繊細な紙の貼り直しはまた今度だ。
三時間、それだけで昼になってしまった。
台所だけは先に掃除しておいた。一週間前のあの日に依頼し電気と水道は使えるが、ガスだけは間に合わなかった。作れないから昼は食べに、と相談していたら。
「おはよー、弁当買ってきたよ。」
「遅刻した奴が何を誤魔化す。」
「いやあ、道に迷ってね。」
「一本道だろう。」
カカシとサスケのやり取りも相変わらずだ。
春らしい淡い彩りの弁当をカカシが居間の座卓に並べた。
「あ、白米はイルカ先生ね。俺の天婦羅は誰か取っていいよ。」
混ぜ物が好きではないと言ったから筍の混ぜご飯を白飯に変えてもらったらしい。気遣いにイルカは恐縮した。
喧騒の中、イルカがカカシの好きな漬け物を分けてやるのをサクラが目ざとく見付けた。
「先生達って、仲良かったんですか。」
手元を見ているサクラに、イルカは言葉の意味を知って曖昧に頷いた。
「まあ、一緒に食べに行ったりしてれば好みは解ってくるし。」
子ども達の目がイルカに突き刺さるように感じ、顔に熱が集まるのが解って慌てる。
「そんなに不思議かねえ、仲いいよ俺達。」
今度は口布をしたまま弁当を食べるカカシを凝視する。
「とってもね。」
嬉しそうな声で付け足すカカシはイルカの下唇に付いた飯粒を取って、口に押し込んでやった。
「カカシさん、ちょっと。」
あ、え、は、と三人各々に驚きが口をつく。
「イルカ先生、こいつとどういう仲なんだ。」
サスケは確実にカカシを敵と見なしている。優しいイルカが、私欲の為にカカシにいいように振り回されていると思ったようだ。
イルカは答えられなかった。関係、なんて考えた事もなくただ居心地良くて一緒にいるだけだ。
どちらからともなく近付いて、気付けば寄り添っていた。お互いの心が求め、言葉はいらなかった。
自然に温もりを分かち合うようになっても、愛だとか恋だとかは口に出した事はない。
イルカの部屋にカカシが入り浸る事を許したのも自然の流れだった。
帰宅しカカシがベッドで寝ていたのを見た瞬間に、イルカは喜びに打ち震えた。自分の部屋でもなかなか熟睡できない、とこぼしていたのを覚えていたからだ。
イルカの気配にも起きないカカシ。それだけでイルカの心は満たされた。そうしてお互いの存在は日常になった。
今、関係を問うサスケにイルカは答えられない。
だが代わりにカカシが平然とイルカを抱き寄せ、答えを待つサスケと他の二人に言ってのけた。
「一番大事な存在。ずっと一緒にいたい人、だよねイルカ。」
イルカは驚いてカカシを見た。
「あれ、違うの。あなたもそう思ってくれてたんじゃないの。」
ふにゃ、とカカシの顔が歪む。
イルカは首を横に振り、ぽろりと涙を零して違うと声を絞り出した。
「一緒にいてもいいんですか。」
「当たり前じゃないの、イルカだから一緒にいたいんだよ。」
よしよしと泣くイルカを抱き締めるカカシの目は、確かに愛しいと言ってはいるが。
サクラはカカシに詰め寄った。
「カカシ先生、もしかしてイルカ先生に好きだとか愛してるとか言った事がないんですか。」
「あれ、そういえば。」
カカシはイルカの顔を覗き込んだ。
最近のイルカは黙ってカカシの様子を見ている事が多かった、と思い出す。食事の時、七班の様子を話す時、自分が寛いで転がっている時。
それは愛情からではなかったか。イルカは微笑んで、愛しいと体中で言ってくれるとカカシは安心し、甘えていた。
それが実は不安にさせていたからだとは、あまりにも迂闊だった。
思えばイルカが我が儘を言ってカカシを困らせた事など、一度もない。いつもカカシが我が儘を通していた記憶しかない。
「あなたの愛がね、大きすぎて、俺はどっぷり浸かっていたんです。」
ごめんね、と顔を更に寄せて耳に囁く。
愛してる、と一万回言えば昨日までの分になるだろうか、と。
今日からは一日百回言えばいいのか、と。
イルカは袖で目を擦り、口元を震わせながら無理矢理カカシに笑った。
我慢せずに泣けばいいのに、と思いながらカカシはそうさせた自分を心でまた責める。
「一日一回でいいです。それ以上は幸せすぎて死んじゃいます。」
「ん、そうする。」
途端にカカシの頭頂部に三つの拳が落ちた。
「もっと気のきいた台詞があるでしょ。」
「馬鹿だとは知っていたが、一生直らないな。」
「イルカ先生泣かしてんじゃねえってば。」
きゃんきゃん騒ぐ三人につられてイルカに笑顔が戻った。
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