一人しかいない家が、こんなに広いとは思わなかった。
「何だよ、俺は何を考えてるんだ。」
独り言がしんと冷たい空気に溶けていく。
一人でいる家、一人の家、…どう言い換えても同じだった。この広い、二階付きの一戸建てに今は俺しかいない。
今朝になっていきなり寒くなり、天気予報は冬将軍の到来だと野外で実況する若い女性アナウンサーが告げている。毛皮の襟巻きが長い髪と共に寒風にはためくさまは、画面のこちらにも寒さを伝えて俺は自然と自分の身を抱いた。
温もりが欲しい。
毛布や炬燵なんかじゃない、人肌の温もりが欲しい。
暖房をつける事すら億劫な息の白い室内で、俺は光の点滅で目の痛むテレビを見るともなく見ていた。
ああ、テレビがやたらと眩しいと思ったら照明をつけてなかったからか。いいや、俺一人だから。
テレビの音声が大きいと感じるのも、他に音がないからだ。
俺以外に誰もいない、多分今夜はずっと。
明日も、かな。
明後日も、その次の日も、きっと俺は一人なんだろう。
どれだけたったろうか、壁にもたれ同じ姿勢で座っていたから足が痺れてきた。
めんどくせえ。
その場で横になって初めて、息を詰めていたと知る。
「は…っ。」
なんか瞑った目の奥が痛くて、涙がじわりと滲むのが判った。
やがて溢れて落ちていく滴は、落ちるその時だけ温かかった。涙の辿った跡が冷えてきて、拭かなきゃとは思ったが手も上がらない。また涙が溢れてくるが、誰も見ちゃいないんだから構わないかな。
鼻水も垂れてきて流石にそれはずずっと啜ってしまうが、鼻が詰まると息は口でしなければならないからちょっと辛いものはあるけど。
止めようにも涙は止まらず、次第に頭が痛くなってきた。全身が寒いし。
ふと気付けば、いつの間にかテレビの画面が真っ暗になっていた。
最近は放送終了時に、煩い砂嵐やカラーバーなんて出ない。炬燵で書き物に悩んで唸るうちに眠ってしまい、起きたら静かで真っ暗な画面になってる事がたまに…うんたまに起こされるから知ってるんだ。
今日は金曜日だから少し長めに通販なんかやってて、終わるのは午前四時だから。…もうすぐ朝か。
ほらやっぱり、朝まで俺は一人だ。任務はとうに終わってるのに、カカシさんは帰ってこなかった。
ここへ、俺とカカシさんの家へ。
昨日宵闇の中、帰宅途中で見かけたカカシさんが昔馴染みの女性と歩く方向には。不夜城、つまり歓楽街があった。
昔馴染みという事は、そういう事だ。彼女とは長らく続いていたと、関わりのなかった俺だって二人でいる姿を何度も見て知ってる。
別れたのは彼女が潜入で里を離れたからだと、噂好きな奴が教えてくれた。
一年ほどして俺がカカシさんと付き合うようになって、この家に住むようになって、どうせ色々言われるから知っておけと。
彼女と二人で住んでいた家なんだって。
俺が来た時は人が住んだ気配すらなかったけど、カカシさんはずっと足も踏み入れず埃だらけだったから掃除したって言ってた。けれど俺に気を使って、彼女の物を処分したんだろう。カカシさんがいた痕跡もなかった不自然さに、少しだけ胸が苦しかったんだ。
住み心地は良かったけどな。たった半年だけど…楽しかったし。
あーあ、よりを戻して俺は用なしか。
うっすら朝陽が眩しい。テレビもまた放送が始まってる。
土曜日の朝は、大抵グルメか旅で始まるんだ。俺が好きな温泉のシリーズなんだけど、止まった筈の涙で何も見えない。
「カカ…シ、さぁ…ん。」
掠れて声が出ない。出す必要もないけど、呼びたいんだ。
「さい、ごに、もうい、ち…。カ、」
本当に、貴方が好きでした。
今までありがとう。

かちりと玄関の鍵が開いて、カカシさんと彼女が笑いながら入ってくる気配を感じた。
二人で俺に別れてくれって頭を下げる姿が想像できて、俺は少し笑った。
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