「さあて、嫌だけどそろそろ行きます。」
俺に告げるカカシさんは非常に不満気だ。だが待機といえど任務で、緊急要請もあるかもしれない。もしも戦闘になったら、と緊張に無言で頷いたら文句を言われた。
「イルカ先生は素っ気ないねえ…。寂しいけど頑張って、とか言ってくれないの?」
カカシさんは恋愛小説の読みすぎなんじゃないか。全然寂しくないとは言わないけど、毎回それじゃあどっちも仕事にならないだろうに。
甘えたような言い方に仕方なく今夜は何もありませんようにと両手を包み、行ってらっしゃいと背中を叩いた。
「…行ってきます。」
振り返ったカカシさんの目が、俺を薄情者と詰るように見えた。
日の出と共に待機を終えた筈のカカシさんの行方は知れない。怒ってるんだろうなあ、と朝から溜め息ばかり。
「やっぱ俺って薄情者なのか…。」
「うーん、自分にも解らないならしょうがないなぁ。」
俺は昼休みの職員室で、午後の授業の支度をしていた。独り言はもはや癖なのだが、それに返事があった事で俺は驚いてノートを取り落としてしまった。
拾い上げて悪いなと笑ったのは演舞の教官だった。アカデミーのご意見番は、今日も誰かに助けを求められたのだろうか。
「うみのとゆっくり話したかったんだよ。」
教官がにこやかに腕組みをして、なんだか気味が悪い。
「あ、え、…。」
「ほら、入っておいで。」
俺が戸惑っている間に教官に呼ばれ、出入口のドアからカカシさんが身を縮めて入ってきた。
「先生、ごめんね。オレ、昨日からなんかいっぱいで…。」
ぴょこんと頭だけ下げて俺の機嫌を窺う。いっぱい…そうかぁ…、カカシさんでさえねえ。
「いえ、俺こそ申し訳ありません。」
反射的に謝罪の言葉が出る。本当は俺の何が悪いのか解らないが。
「ほう、心が籠ってないが謙虚だな。」
誰だ!と全身の毛穴を開かせ焦って真後ろを振り向けば、任務帰りらしい煤だらけの雲海さんが立っていた。
「やあ久し振りだね、イルカ。」
「…お元気そうですが…どうしたんですか、その姿は。」
「外からの帰りに爆発の真ん中を通ってきたんだ。カカシが手伝ってくれたから、ほらどこにも怪我はない。」
雲海さんは阿吽の門前の道に仕掛けられた二十近い罠を、全部潰しながら戻ってきたという。五個目で面倒になって待機を呼べば、それがカカシさんだったのだ。
やっぱり危険な任務に出たんじゃないか。平気な顔して、ちっとは疲れたとか愚痴でも溢しに来ればいいのに。
「お疲れ様でした。この後何もないなら帰って休んで下さい。」
二人に対して口から出るのはいつもの労いの言葉。これは本心からなんだけど、カカシさんは昨日のように不満気な顔をする。
「だからさ、そういう十把一絡げの言葉はいらないんだよ。オレは貴方の特別が欲しいんだからっ。」
えっ、とどこかで驚く声が聞こえた。気配を探れば、書類棚に隠れて何人かこちらを窺っているようだ。
「イルカ先生、聞いてる?」
カカシさんが俺の両頬に手を当てると、鼻先を突き合わせてきた。自然と足が後ろへ下がっていく。
「逃げられないよ。」
何をカッコつけて俺の腰に手を回してるんだ。離せ。
「うみの、話し合え。」
「イルカ、兄貴の言うとおりだ。」
何だって?
カカシさんが俺を抱く手に力を籠める。俺も外そうと手を添えたカカシさんの腕を強く握った。
「兄貴って…?」
「兄貴だ。」
雲海さんが教官を指差し教官が頷く。つまり、二人は兄弟。
「なんでって顔してんな。兄貴が寺を継ぐから、おれが代わりにこっちを見る事になった。」
上を向いた人差し指がくるりと円を描いた。雲海さんはアカデミーのご意見番を引き継ぎ、教師の相談に乗って卒業後の下忍と上忍師も世話をするという。
「あれ、教官は雲海という名字ではないですよね?」
「そう、変だと思うかもしれないけど、うちは跡継ぎ以外は雲海を名乗るんだよ。」
寺を継ぐ者は後々変更できるが、教官はずっと継ぐ意思を見せていたそうだ。だから第一子の教官の名字だけが違う訳で。
「あれ? てんげ先生って、もしかして?」
俺が首を傾げると、教官が大袈裟に拍手をした。
「当たり。そう、名字がない。だからてんげは天下と書く俺の名前だ。」
なんともスケールの大きな話だ。
名字がないのは、集団の中での個の認識を必要とされない特別な者だからだ。それは火の国における、大名達の上に鎮座する家系でしかない。
「といってもうちは分家。とっくに火の国とは血脈も途絶えて、金も権力もありゃしねえがな。」
二人して貧乏寺だからなあと言うけど。
いやいやいやいや。どうりで色々五代目と仲が良いとか奉納舞いの指導教官ができるとか街の顔役達とも知り合いでとか、心当たりばかり思い出せるわけだよな。
なんか、仕組まれて………。
仕組まれて?
今度の独り言は自分にも聞こえた。
俺に告げるカカシさんは非常に不満気だ。だが待機といえど任務で、緊急要請もあるかもしれない。もしも戦闘になったら、と緊張に無言で頷いたら文句を言われた。
「イルカ先生は素っ気ないねえ…。寂しいけど頑張って、とか言ってくれないの?」
カカシさんは恋愛小説の読みすぎなんじゃないか。全然寂しくないとは言わないけど、毎回それじゃあどっちも仕事にならないだろうに。
甘えたような言い方に仕方なく今夜は何もありませんようにと両手を包み、行ってらっしゃいと背中を叩いた。
「…行ってきます。」
振り返ったカカシさんの目が、俺を薄情者と詰るように見えた。
日の出と共に待機を終えた筈のカカシさんの行方は知れない。怒ってるんだろうなあ、と朝から溜め息ばかり。
「やっぱ俺って薄情者なのか…。」
「うーん、自分にも解らないならしょうがないなぁ。」
俺は昼休みの職員室で、午後の授業の支度をしていた。独り言はもはや癖なのだが、それに返事があった事で俺は驚いてノートを取り落としてしまった。
拾い上げて悪いなと笑ったのは演舞の教官だった。アカデミーのご意見番は、今日も誰かに助けを求められたのだろうか。
「うみのとゆっくり話したかったんだよ。」
教官がにこやかに腕組みをして、なんだか気味が悪い。
「あ、え、…。」
「ほら、入っておいで。」
俺が戸惑っている間に教官に呼ばれ、出入口のドアからカカシさんが身を縮めて入ってきた。
「先生、ごめんね。オレ、昨日からなんかいっぱいで…。」
ぴょこんと頭だけ下げて俺の機嫌を窺う。いっぱい…そうかぁ…、カカシさんでさえねえ。
「いえ、俺こそ申し訳ありません。」
反射的に謝罪の言葉が出る。本当は俺の何が悪いのか解らないが。
「ほう、心が籠ってないが謙虚だな。」
誰だ!と全身の毛穴を開かせ焦って真後ろを振り向けば、任務帰りらしい煤だらけの雲海さんが立っていた。
「やあ久し振りだね、イルカ。」
「…お元気そうですが…どうしたんですか、その姿は。」
「外からの帰りに爆発の真ん中を通ってきたんだ。カカシが手伝ってくれたから、ほらどこにも怪我はない。」
雲海さんは阿吽の門前の道に仕掛けられた二十近い罠を、全部潰しながら戻ってきたという。五個目で面倒になって待機を呼べば、それがカカシさんだったのだ。
やっぱり危険な任務に出たんじゃないか。平気な顔して、ちっとは疲れたとか愚痴でも溢しに来ればいいのに。
「お疲れ様でした。この後何もないなら帰って休んで下さい。」
二人に対して口から出るのはいつもの労いの言葉。これは本心からなんだけど、カカシさんは昨日のように不満気な顔をする。
「だからさ、そういう十把一絡げの言葉はいらないんだよ。オレは貴方の特別が欲しいんだからっ。」
えっ、とどこかで驚く声が聞こえた。気配を探れば、書類棚に隠れて何人かこちらを窺っているようだ。
「イルカ先生、聞いてる?」
カカシさんが俺の両頬に手を当てると、鼻先を突き合わせてきた。自然と足が後ろへ下がっていく。
「逃げられないよ。」
何をカッコつけて俺の腰に手を回してるんだ。離せ。
「うみの、話し合え。」
「イルカ、兄貴の言うとおりだ。」
何だって?
カカシさんが俺を抱く手に力を籠める。俺も外そうと手を添えたカカシさんの腕を強く握った。
「兄貴って…?」
「兄貴だ。」
雲海さんが教官を指差し教官が頷く。つまり、二人は兄弟。
「なんでって顔してんな。兄貴が寺を継ぐから、おれが代わりにこっちを見る事になった。」
上を向いた人差し指がくるりと円を描いた。雲海さんはアカデミーのご意見番を引き継ぎ、教師の相談に乗って卒業後の下忍と上忍師も世話をするという。
「あれ、教官は雲海という名字ではないですよね?」
「そう、変だと思うかもしれないけど、うちは跡継ぎ以外は雲海を名乗るんだよ。」
寺を継ぐ者は後々変更できるが、教官はずっと継ぐ意思を見せていたそうだ。だから第一子の教官の名字だけが違う訳で。
「あれ? てんげ先生って、もしかして?」
俺が首を傾げると、教官が大袈裟に拍手をした。
「当たり。そう、名字がない。だからてんげは天下と書く俺の名前だ。」
なんともスケールの大きな話だ。
名字がないのは、集団の中での個の認識を必要とされない特別な者だからだ。それは火の国における、大名達の上に鎮座する家系でしかない。
「といってもうちは分家。とっくに火の国とは血脈も途絶えて、金も権力もありゃしねえがな。」
二人して貧乏寺だからなあと言うけど。
いやいやいやいや。どうりで色々五代目と仲が良いとか奉納舞いの指導教官ができるとか街の顔役達とも知り合いでとか、心当たりばかり思い出せるわけだよな。
なんか、仕組まれて………。
仕組まれて?
今度の独り言は自分にも聞こえた。
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