18

だから飛び回っていたゲンマは、舞いの練習にもあまり参加できていなかったらしい。
「ゲンマさんは衣装合わせに出られない程忙しかったのに、どうして舞いから外されなかったのでしょう。」
「…さあ…?」
そう言われて思い返せば、オレはゲンマとは舞いの本番まで一度も顔を合わせていなかった。
故意にオレと接触する事を避けていたのだろう。でなければ綱手様はオレがこの任務に就くにあたって、初期の段階で奴と顔合わせをしていた筈だ。
オレは梅木探索任務の全容を本番の後に知った。イルカ先生の名も、梅木の足取りを追ったあの時には伏せられていた。
「ゲンマさんは…俺の監視を、していたんですよね。」
縁を赤く染めた潤んだ目でじっと見詰められた。辿り着いた結論はやはりそこだ。
「本当に、何も知らないんです。」
そう、知らないとしか言えない。綱手様がその辺りを内密に進めていた事も。
任務について、綱手様にオレが口を出す権利なぞあるわけない。ましてや抜け忍と断定された男と親しいイルカ先生の近くにいたオレだ、欺かれて当然だろう。それにいちいち傷付いていては、忍びなどやっていられない。
イルカ先生も理解しているだろうが、感情が理性を凌駕し飲み込まれる寸前のようだ。さぞかし苦しかろう、と同情はしたいところだが。
「オレは貴方に近すぎたから。情報保全という理由でしょう、その辺は一切聞かされていません。」
オレはただ駒として動かされただけだ。ゲンマだとて偶然同じ隊にいた者を調べ上げただけで、イルカ先生がそいつの親しい友人と知って驚いただろう。
関係者とみなされたイルカ先生は気の毒だが、現実を見据えて欲しい。梅木は抜け忍だ。
「聞いてしまったからには、その妹の件を綱手様に報告しますよ。それとも貴方から話しますか。」
「あ…いえ、はい、自分、で。」
「ゲンマの事も、気になるなら聞いてみたらいいでしょう。満足のいく答えをもらえるかは解りませんけど。」
我ながら冷たい声に、相当嫌な奴になってるんだろうなと思いひっそり溜め息を落とす。
オレの言葉を聞きながら、イルカ先生は傍らの名も知らない花を見ていた。いや、オレから目を逸らす為に目をとめている振りだ。
精神的な葛藤を乗り越えられるのは自分自身だけ。冷たいようでも、それがイルカ先生の為でもある。
はは、と乾いた笑いで沈黙が破られた。
「すみません、みっともないですね。」
はあっと詰めていた息をはいてイルカ先生はにこりと笑い、一人頷くと漸く忍びの顔に戻った。
「カカシ先生がいてくれて、お陰でこうして中忍うみのイルカとして立っていられます。」
良かった、ちゃんと解ってくれた。無駄に緊張していた身体から力が抜ける。
その笑顔をもっと見せて欲しいと思うけれど、ねだる理由がオレには見付からなくて、戸惑う間にイルカ先生はオレからすっと離れた。
「ああ、夜が明けました。俺は今日も変わらず教師として一日をこなしてきます。カカシ先生はどうかごゆっくりお休み下さい。」
丁寧に頭を下げてオレを待たずに戻っていく。その背中が全てを拒絶しているようで、掛ける言葉は何もなかった。
気まずいままは嫌だが、オレがどうこう言えるものではない。…少しばかり、距離を取っていようか。

足を引きずり何もない部屋に戻ると、頭を空っぽにして眠った。それでも夢を見る。
トントン、ダン。きゅっ、ダンダン、ドン。
ああ舞っているんだ。
わざと足音を立てて緊迫感を煽っていく。くるりと服を翻すように一回転すると靴底が鳴って、高く真上にジャンプしては片足ずつ下ろして仁王立ち。
そこでオレは頭だけ左を向き、イルカ先生が右を向き、目が合うと刀を抜いて。
二人同時に刀を落として抱き合い口付ける。
そこでがばりと飛び起きた。
これは夢だと一瞬で理解できた。訓練の賜物で現状把握は早かった。
身体中に汗が滲んでいる。速い動悸、熱を持つ身体、胸を押さえた。はっはっと短い呼吸で息を整えるが手の震えも治まらず、いつになく平静に戻るまでの時間が長かった。
力を抜いて後ろに倒れ込み、汗で湿ったシーツに眉をひそめた。黴臭いなあ、いつ取り替えたか覚えてないよねえ。
そんな逃避に少しも効果はなく、手は震えっぱなしで。
イルカ先生は男だ。けれど常々可愛いとは思っていた。そこからしておかしいのだろうけれど、仕草や表情が好ましくて惹かれていった。
それは気が合う男友達の感覚だった筈で。イルカ先生もそう言ってくれて嬉しかったのだ。
舞いの為に近付けた時も、兄弟ごっこも楽しくて。本当に楽しくて。
だけれども、それがいつの間にか。
唐突に自覚した感情に、オレはただ否定を繰り返した。違う、そんなんじゃない。
「じゃあ、何だってんだ。」
口に出して自分に問い掛ける。独り言でも耳から入った言葉が、自分を見詰めさせる為には有効だと知っているからだ。
当然自分しか返事をする者はいない。けれど問いには答えられない。
何だってんだ、と繰り返した。
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