ビデオの中の彼らは暫く他愛もない話をしていたが、やがてごうごうと山から下りる風が声を消し始め、またねと娘が妹に手を振るところで画面が切れた。
「山間部だからか、天気が変わる前にはこうして風が吹き始めるようです。」
またすぐに始まった画面は、家の明かり取りらしき天井近くの小さな窓からぐるりと中を映していた。一瞬ぶれて別の窓へ移ったカメラが、違う部屋を捉えて暫く中を映す。
「戸口で妹が娘に帰らないでと泣き出し、宥めている間に撮りましたが…これで精一杯でした。」
ざあっと砂嵐に変わってビデオは終わった。
後は各自の報告を順に上げていく。勘ではあるが、と村長に関しての再調査の必要を強く進言しておいた。また協力者は我々の予想と違う可能性も示唆して。
「ご苦労さん。細部の見直しを頼もう。五人はひとまず休んでいいが、また召集するかもしれんからそのつもりで。」
綱手様が一人一人に労いの声を掛け、オレ以外の四人はモニターやらの機械を台車に乗せて持ち出す手伝いをして去っていった。
最後に鳥飼がイルカ先生と握手をしながら、無言で腕を叩いて励ますように笑い顔を作る。イルカ先生も無理に笑うと、鳥飼の手を強く握り返した。
口に出さずとも気持ちが解り、信頼し合っている彼らが羨ましかった。オレもイルカ先生にそう思われたい。頼られたい。
「カカシ、舞いで忙しい中の探索任務は申し訳なかった。改めて舞いに携わって成功させてくれた事を感謝する。」
「いえ、オレも楽しかったです。でも感謝って言葉だけですかね?」
ちょっとおどければ、綱手様はげえとあからさまに嫌そうな顔をした。別に報酬が欲しい訳じゃないけど、言わなきゃ綱手様はもっと調子に乗るだろうし。オレだって普通の人間だよ。
「考えておくから、先に溜まった任務を片付けさせろ。」
舞いの為に滞った任務の数々を振り分けるのは大変な事とは思うけど、半分以上は誰かに押し付けているって知っているからね。ほら、イルカ先生も困ったように笑っていて、手近な束を仕分け始めそうだ。いいって、夜中に何をしようっていうの。
急いでイルカ先生の腕を取って部屋から出る。何も持ってないよねと顔を覗けば、笑ってわざわざ両手を広げて見せてくれた。
早朝の市場に出掛ける八百屋や魚屋の仕度の気配がする商店街の道を、お互いの家の分岐点まで肩を並べて歩く。けれど二人とものろのろと脚は上がらない。
「眠れる?」
「…眠れません…。」
僅かに躊躇った末に答えてくれた。舞いの練習中は何度か、素直になりなさいって酒の力を借りて絡んだからね。溜めていた鬱憤を吐かせるまで、ひと晩掛かったりもしたけど。
「オレも無理。一人は嫌でしょ、どこかに行きましょう。」
オレが一人にさせたくないだけだ。少しでも支えになれるならなりたいと、切実に思うんだ。
あの神社跡の高台に行きたいです、というリクエストに応えて手を引き走り出す。一瞬で跳んだっていいけど、身体を酷使した方が気持ちはさっぱりするんじゃないかと思ったから。
オレの全力疾走にイルカ先生はよく付いてきたと思う。手を引いていたとはいえ、最後まで脚はふらつかなかったのだから教師になんかしておくのは惜しい。
「ねえイルカ先生、その駿足を見込んでいつか伝令任務をお願いしたいんですけど。使役じゃ無理な事も多いじゃない、絶対重宝されますって。」
「それで…、鳥飼のように帰れなくなるんですよねえ。」
歯を見せて笑ってくれた。明け方の薄墨の町を見下ろしながらの会話は、あの時と変わらぬふわふわとした空気を纏っている。走っていた間に迷いを落としてきたのかもしれない。
オレはそれを願っていたから少し安心した。
梅木の件は友人であっても私情は挟めない。イルカ先生も、鳥飼も、結末は予想しているのだろう。そしてその予想は予感でもあり、結果はただ事実として各々の胸に帰結するのだ。楔のように。
「俺は、」
突然イルカ先生が顔を手で覆った。オレは景色を見ながら黙って耳を傾ける。
「ゲンマさんが舞いの間際まで関わってた任務に、あいつがいた事は知ってました。」
ごしごしと目を擦ってすんと鼻を啜る。
「…俺に会いに来たんです。妹の月命日には花を供えてくれって、半年分を花屋に予約してあるからって頼まれました。」
「それは不自然だと思いませんでした?」
「いえ、梅木は妹が寝たきりになって亡くなるまでの数ヶ月は一週間以上の任務は受けてなかったので、それが喪が明けて初めての長期でした。だから妹が寂しがらないようにと言われ、すんなり納得しました。」
イルカ先生にとって不思議はない。そんな配慮ができる程任務に出る元気が出たか、と喜んだだけ。
「オレが梅木の探索の命を受けるまでは…受けたのはイルカ先生も知ってるあの晩ですけど、ゲンマが探っていたんです。その任務から抜ける事ができたので、ゲンマは隠れ蓑で隊に所属しながら里と任地を行き来し調査資料を作っていたそうです。」
「山間部だからか、天気が変わる前にはこうして風が吹き始めるようです。」
またすぐに始まった画面は、家の明かり取りらしき天井近くの小さな窓からぐるりと中を映していた。一瞬ぶれて別の窓へ移ったカメラが、違う部屋を捉えて暫く中を映す。
「戸口で妹が娘に帰らないでと泣き出し、宥めている間に撮りましたが…これで精一杯でした。」
ざあっと砂嵐に変わってビデオは終わった。
後は各自の報告を順に上げていく。勘ではあるが、と村長に関しての再調査の必要を強く進言しておいた。また協力者は我々の予想と違う可能性も示唆して。
「ご苦労さん。細部の見直しを頼もう。五人はひとまず休んでいいが、また召集するかもしれんからそのつもりで。」
綱手様が一人一人に労いの声を掛け、オレ以外の四人はモニターやらの機械を台車に乗せて持ち出す手伝いをして去っていった。
最後に鳥飼がイルカ先生と握手をしながら、無言で腕を叩いて励ますように笑い顔を作る。イルカ先生も無理に笑うと、鳥飼の手を強く握り返した。
口に出さずとも気持ちが解り、信頼し合っている彼らが羨ましかった。オレもイルカ先生にそう思われたい。頼られたい。
「カカシ、舞いで忙しい中の探索任務は申し訳なかった。改めて舞いに携わって成功させてくれた事を感謝する。」
「いえ、オレも楽しかったです。でも感謝って言葉だけですかね?」
ちょっとおどければ、綱手様はげえとあからさまに嫌そうな顔をした。別に報酬が欲しい訳じゃないけど、言わなきゃ綱手様はもっと調子に乗るだろうし。オレだって普通の人間だよ。
「考えておくから、先に溜まった任務を片付けさせろ。」
舞いの為に滞った任務の数々を振り分けるのは大変な事とは思うけど、半分以上は誰かに押し付けているって知っているからね。ほら、イルカ先生も困ったように笑っていて、手近な束を仕分け始めそうだ。いいって、夜中に何をしようっていうの。
急いでイルカ先生の腕を取って部屋から出る。何も持ってないよねと顔を覗けば、笑ってわざわざ両手を広げて見せてくれた。
早朝の市場に出掛ける八百屋や魚屋の仕度の気配がする商店街の道を、お互いの家の分岐点まで肩を並べて歩く。けれど二人とものろのろと脚は上がらない。
「眠れる?」
「…眠れません…。」
僅かに躊躇った末に答えてくれた。舞いの練習中は何度か、素直になりなさいって酒の力を借りて絡んだからね。溜めていた鬱憤を吐かせるまで、ひと晩掛かったりもしたけど。
「オレも無理。一人は嫌でしょ、どこかに行きましょう。」
オレが一人にさせたくないだけだ。少しでも支えになれるならなりたいと、切実に思うんだ。
あの神社跡の高台に行きたいです、というリクエストに応えて手を引き走り出す。一瞬で跳んだっていいけど、身体を酷使した方が気持ちはさっぱりするんじゃないかと思ったから。
オレの全力疾走にイルカ先生はよく付いてきたと思う。手を引いていたとはいえ、最後まで脚はふらつかなかったのだから教師になんかしておくのは惜しい。
「ねえイルカ先生、その駿足を見込んでいつか伝令任務をお願いしたいんですけど。使役じゃ無理な事も多いじゃない、絶対重宝されますって。」
「それで…、鳥飼のように帰れなくなるんですよねえ。」
歯を見せて笑ってくれた。明け方の薄墨の町を見下ろしながらの会話は、あの時と変わらぬふわふわとした空気を纏っている。走っていた間に迷いを落としてきたのかもしれない。
オレはそれを願っていたから少し安心した。
梅木の件は友人であっても私情は挟めない。イルカ先生も、鳥飼も、結末は予想しているのだろう。そしてその予想は予感でもあり、結果はただ事実として各々の胸に帰結するのだ。楔のように。
「俺は、」
突然イルカ先生が顔を手で覆った。オレは景色を見ながら黙って耳を傾ける。
「ゲンマさんが舞いの間際まで関わってた任務に、あいつがいた事は知ってました。」
ごしごしと目を擦ってすんと鼻を啜る。
「…俺に会いに来たんです。妹の月命日には花を供えてくれって、半年分を花屋に予約してあるからって頼まれました。」
「それは不自然だと思いませんでした?」
「いえ、梅木は妹が寝たきりになって亡くなるまでの数ヶ月は一週間以上の任務は受けてなかったので、それが喪が明けて初めての長期でした。だから妹が寂しがらないようにと言われ、すんなり納得しました。」
イルカ先生にとって不思議はない。そんな配慮ができる程任務に出る元気が出たか、と喜んだだけ。
「オレが梅木の探索の命を受けるまでは…受けたのはイルカ先生も知ってるあの晩ですけど、ゲンマが探っていたんです。その任務から抜ける事ができたので、ゲンマは隠れ蓑で隊に所属しながら里と任地を行き来し調査資料を作っていたそうです。」
スポンサードリンク