そこで我に返ると恐怖で変化が解けそうだったが、里に戻るまでは子供の姿でいなければならない。俺は泣く寸前の顔でカカシ先生に手を引かれ、ずるずると脚を引きずって戻った。何も聞かれなかった事が幸いだった。
報告を終え大人に戻っても、俺は口を開けなかった。薄暗い廊下の片隅で、俺の前を歩くカカシ先生が不意に立ち止まった。
「イルカ先生、オレね、あいつら殺したかったんです。」
なんで。俺は背中を見詰める。
「怖かったでしょう、何か昔にあったんじゃないですか。」
見抜かれていた。俺は両親が上忍という事で拐われかけた記憶が蘇ったのだ。まだ忍術は基礎の段階で、相手は他里の大人で、簡単に手足を拘束されて殺されるかもしれないとその時思ったのだ。
なんですっかり忘れていた恐怖が蘇ったんだろう。俺はもう大人で、あんな奴らをカカシ先生程簡単でなくても叩きのめすくらいはできたのに。
カカシ先生が俺の頭を胸に抱えて背中を叩き、規則正しいリズムに強張りが解けていく。
みっともない、と唇を噛んだ俺にカカシ先生は笑わずにいてくれた。やはり大したことのない中忍だ、と言われる覚悟はできていたんだけれど。
それをきっかけにお互いの事を話し始めた。
食事をしながらでも夜更けまででも話していたが、時間が足りない。毎日会えるわけではないから会えればまず練習をこなして反省会をして、気付けばいつも私的な話になっていた。
お互いの事で、話せる限り知らない事はないかもしれない。そんな絆ができ、俺達は教官の笑顔を引き出す事に成功し始めていた。
「いいぞ、これなら明日本番でも大丈夫だ。」
満足げな教官に、カカシ先生と俺は思わず抱き合って喜んだ。兄弟ってこんな感じなんだ、と俺は苦しいほどに抱き締められて力強さと温かさに思わず広い背中に手を回していた。
カカシ先生はどんな場面でも裏表がない。あり得ないくらいに良くできた人だ。
「イルカ先生が引っ張ってくれるからですよ。ありがとう。」
「カカシ先生に吸い付くように勝手に身体が動くんですよ。リードしてるのは俺じゃありません。」
いつも俺の賛辞ばかりだけれどそんな事はない、逆だってのになんて優しい人だ。あったかくてしっかりと受け止めてくれるから、自分でもどうかと思うほど俺はカカシ先生にすっかりなついてしまっている。本当にお兄ちゃんって呼びたいくらいに仲が良くなって、奉納舞いが終わってもカカシ先生とはたまにでも飲んだりできるといいと思った。
いや、この生活が続けばいいと思った瞬間があった事も否定はできないんだ。それほど素晴らしい日々だった。

衣装合わせと舞台での立ち位置の確認が、練習の合間に突っ込まれてくる。皆も浮き足立ってきた。
今回は特別に里全体の人々にも披露するからと、舞台はアカデミーの校庭の片隅に設置された。舞台の上には屋根と、その前には百人程度は座れる床を作ってしまった。立ち見が出ても校庭なら心配はない。
奉納舞いの事を聞き付けた昔を知る方々の協力によりかなり安価に上がって、ありがたいと綱手様が泣いたとか泣かなかったとか。泣いたとしたら賭博の借金に回せる喜びの涙じゃないかと思うけど。
衣装は当時よりきらびやかになったらしい。めでてえ事だと盛り上がって、衣装合わせの度にどんどん装飾は華美になる。
お揃いの衣装を身に付けた群舞は、息を飲むほど統率されて美しい動きになっていた。
ベストの下に着ているアンダーシャツはそのままだが、ベストの代わりに鎧のような部品を両肩と胴に着ける。上忍組は深い木の緑、中忍組は淡い空色だ。自然崇拝の意味もあるらしい。そして全員が火の意思を表す真っ赤な布を腰に巻き、それが動きに合わせて靡くさまは本当に格好良い。一緒に舞いながら見とれてしまった。
いよいよ第二部になって俺達二人だけ衣装が変わるから、注目されて物凄く緊張する。二人で舞う段になって少し振りを間違えても大丈夫だと思うだろうが、実は対だから左右同じタイミングで手足を動かさなければならないのだ。
俺達はほぼ身長が同じで、まあ横幅は俺の方がどっしりしているだろうが見た目はさほど差はない…筈だ。
第一部と衣装が変わるといっても形は同じだ。カカシ先生は鎧がまばゆい金色で、俺は同じく目に痛い銀色。目立って目立って思いきり恥ずかしいが、ご老体達の嬉しそうな顔に二人ともやるせない表情になったのは仕方ないだろう。
今日は時間がないという事で、第二部は群舞から二人が抜け出すまでは省略された。群舞の者達が観客となり、初めて舞台で二人で舞う。袖でガチガチの俺に、カカシ先生は耳元で声を掛けた。
「舞台ではオレが何を言ってもちゃんと舞って下さいね。」
ひとこと残してカカシ先生は反対側の袖へと消えた。疑問が残るままそこへ合図が掛かって、俺は舞台へと出た。
俺達の衣装には魔除けの鈴が幾つも付いている。神経が昂っているのでチリンチリンと少々耳に煩い気がした。
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