先週さぁ、と下卑た男が報告に来て上忍待機所でのカカシと女の一件を面白おかしく語り出した。報告者も自分を最後に途絶えたから良いと見た暇潰しだ。
イルカは黙って仕事を続けた。男に話し掛けられた隣の後輩が、どうしようという顔で時折窺ってくるのも無視した。
「カカシは入れ食いだもんな。まあその女も上玉とは言えねえから、もっといいのを選んでるんだろうよ。」
へっへっと、いやらしい笑いで何かを想像しながら男は去っていった。
「気にしないでください。あの人こそ無節操で評判悪いんですよ。」
「いや、気にしてないよ。カカシ先生って趣味悪いから俺を選んだんだし。」
後輩におどけてはみたが、イルカの胸の内には苦い思いが膨れていった。今日は久し振りにカカシ先生がうちに来るのにー。
このところ毎日の会瀬は火影の執務室で、それも三代目を挟んでチャクラの受け渡しに関する硬い話しかしていない。もしもカカシがもしもイルカがと、あらゆる状況を想定し対策を練る。一生を共にと願うなら怨霊に負けずに添い遂げろと、火影は温かな手で寄り添う二人の手を取ってくれた。
明日泊まるねとその時に囁かれたから嬉しくて眠れず夜中に掃除を始めたが、ふと我にかえってなんて乙女思考だとイルカは一人で真っ赤になった。
それなのに。昨日天まで上がった気持ちが今日はどん底に落とされて、ついでに溜まった疲労がピークを迎えた。とにかく胸くそ悪い。
漸く暑く長い一日が終わり、イルカも疲れているだろうとカカシは手土産に折り詰めを頼んだ。
果たしてイルカは疲れきったような顔色をしていたから、余計な心配は掛けたくないと近況報告に例の話は混ぜなかった。
それを、イルカから切り出された。
「…今日、こんな話を聞かされました。」
最初は笑顔だったけれど、次第に笑みが引っ込められていく。自分の話を客観的に聞けていた筈が、カカシの顔も強張っていった。
「ごめん、嫌な思いをしたね。」
カカシが興味のない相手にはどれだけ薄情なのかは知っていても、イルカはつい言葉にとげを出してしまう。
「人前で騒いでたんなら、あんたが黙ってたっていつかは知るんだ。先にあんたから聞いてたら、俺だって笑って流せるのに。」
「恋人に聞かせる話じゃないだろう。」
カカシが少し声を荒げれば、他人に聞かされるのとカカシ先生から聞くのとは全く意味が違う、と返された。
ならばとカカシもユリの事を持ち出した。振った相手になんであんなにべったりしてるの、と。
「その内ほだされるんじゃないかって、オレがどれだけ心配なんだか知らないでしょ。」
振り向かないと信じていても、自分より長い時間を一緒にすごす女に嫉妬しっぱなしだ。
「ありえません、俺にはカカシ先生だけです。あの子とはちゃんと線を引いてます。」
あの子、だって?
カカシが目にも止まらぬ速さで湯飲みを台所の床めがけて投げ、イルカは割れた音に振り向いた。
見事に割れた湯飲みを呆然として眺める。せっかくカカシ先生の為にって買ったのに。
イルカは思わず立ち上がって叫んでいた。
「なんで物にあたるんだよ!」
「お前があの子なんて親しそうに呼ぶからだろ!」
カカシもつられて立ち上がる。
イルカは更に声を張り上げた。もう自分が止められない。
「名前なんか出したら嫌でしょ! 俺だって、名前も知らないその女の人が憎たらしい!」
ぽんぽんと言葉の応酬で、カカシも何だかよく解らずに叫んだ。
「オレも女の名前知らない!」
えっ何それ。きょとんとしたイルカはやがて笑い出し、うやむやに痴話喧嘩は収束した。
貴方がこんなに直情型だとは知りませんでしたと苦笑されて、カカシは首を縮めてごめんなさいと謝罪した。
「やっぱり一緒にいないと駄目だねえ。」
まどろむイルカの髪を撫でながら、カカシはしみじみと呟いた。
「…何が。」
もうホントに眠いから明日にしてくれよ。
「毎日一緒にいたらさ、黙ってたって色々解るじゃない。」
「…うん。」
おざなりに相槌を打ち、イルカはすうと眠りの縁から落ちていった。
「だからうちに引っ越して、…あれ、寝ちゃった?」
やだもう、オレ久し振りで嬉しいから眠れないのに。安心したかな、子供みたいな顔してる。
カカシはくすりと笑み、イルカの身体から腕をほどいた。
扇風機だけでは暑いからと窓を開ける為に起き上がると、イルカの手がカカシを探して浮いてきた。どうするのだろうと見ていれば、辿り着いた腕を掴まれ引き寄せられた。なかなか強い力に、カカシは元の位置に戻らざるを得なかった。
片手をカカシの頭に置くと、その手でそっと撫で回す。いい子だ、と労る声は誰に向けてだろうか。
だけどカカシは怒らない。
こうして見ていれば、表情と声でイルカの夢は生徒達に囲まれているのだと解るから。
「ねえ、イルカの引っ越しにあたしも付いてっていいのよね。」
今作業の真っ最中よと執務室で寝そべる夜の耳元ではああと声を上げて、イルカは顔をひっかかれた。
イルカは黙って仕事を続けた。男に話し掛けられた隣の後輩が、どうしようという顔で時折窺ってくるのも無視した。
「カカシは入れ食いだもんな。まあその女も上玉とは言えねえから、もっといいのを選んでるんだろうよ。」
へっへっと、いやらしい笑いで何かを想像しながら男は去っていった。
「気にしないでください。あの人こそ無節操で評判悪いんですよ。」
「いや、気にしてないよ。カカシ先生って趣味悪いから俺を選んだんだし。」
後輩におどけてはみたが、イルカの胸の内には苦い思いが膨れていった。今日は久し振りにカカシ先生がうちに来るのにー。
このところ毎日の会瀬は火影の執務室で、それも三代目を挟んでチャクラの受け渡しに関する硬い話しかしていない。もしもカカシがもしもイルカがと、あらゆる状況を想定し対策を練る。一生を共にと願うなら怨霊に負けずに添い遂げろと、火影は温かな手で寄り添う二人の手を取ってくれた。
明日泊まるねとその時に囁かれたから嬉しくて眠れず夜中に掃除を始めたが、ふと我にかえってなんて乙女思考だとイルカは一人で真っ赤になった。
それなのに。昨日天まで上がった気持ちが今日はどん底に落とされて、ついでに溜まった疲労がピークを迎えた。とにかく胸くそ悪い。
漸く暑く長い一日が終わり、イルカも疲れているだろうとカカシは手土産に折り詰めを頼んだ。
果たしてイルカは疲れきったような顔色をしていたから、余計な心配は掛けたくないと近況報告に例の話は混ぜなかった。
それを、イルカから切り出された。
「…今日、こんな話を聞かされました。」
最初は笑顔だったけれど、次第に笑みが引っ込められていく。自分の話を客観的に聞けていた筈が、カカシの顔も強張っていった。
「ごめん、嫌な思いをしたね。」
カカシが興味のない相手にはどれだけ薄情なのかは知っていても、イルカはつい言葉にとげを出してしまう。
「人前で騒いでたんなら、あんたが黙ってたっていつかは知るんだ。先にあんたから聞いてたら、俺だって笑って流せるのに。」
「恋人に聞かせる話じゃないだろう。」
カカシが少し声を荒げれば、他人に聞かされるのとカカシ先生から聞くのとは全く意味が違う、と返された。
ならばとカカシもユリの事を持ち出した。振った相手になんであんなにべったりしてるの、と。
「その内ほだされるんじゃないかって、オレがどれだけ心配なんだか知らないでしょ。」
振り向かないと信じていても、自分より長い時間を一緒にすごす女に嫉妬しっぱなしだ。
「ありえません、俺にはカカシ先生だけです。あの子とはちゃんと線を引いてます。」
あの子、だって?
カカシが目にも止まらぬ速さで湯飲みを台所の床めがけて投げ、イルカは割れた音に振り向いた。
見事に割れた湯飲みを呆然として眺める。せっかくカカシ先生の為にって買ったのに。
イルカは思わず立ち上がって叫んでいた。
「なんで物にあたるんだよ!」
「お前があの子なんて親しそうに呼ぶからだろ!」
カカシもつられて立ち上がる。
イルカは更に声を張り上げた。もう自分が止められない。
「名前なんか出したら嫌でしょ! 俺だって、名前も知らないその女の人が憎たらしい!」
ぽんぽんと言葉の応酬で、カカシも何だかよく解らずに叫んだ。
「オレも女の名前知らない!」
えっ何それ。きょとんとしたイルカはやがて笑い出し、うやむやに痴話喧嘩は収束した。
貴方がこんなに直情型だとは知りませんでしたと苦笑されて、カカシは首を縮めてごめんなさいと謝罪した。
「やっぱり一緒にいないと駄目だねえ。」
まどろむイルカの髪を撫でながら、カカシはしみじみと呟いた。
「…何が。」
もうホントに眠いから明日にしてくれよ。
「毎日一緒にいたらさ、黙ってたって色々解るじゃない。」
「…うん。」
おざなりに相槌を打ち、イルカはすうと眠りの縁から落ちていった。
「だからうちに引っ越して、…あれ、寝ちゃった?」
やだもう、オレ久し振りで嬉しいから眠れないのに。安心したかな、子供みたいな顔してる。
カカシはくすりと笑み、イルカの身体から腕をほどいた。
扇風機だけでは暑いからと窓を開ける為に起き上がると、イルカの手がカカシを探して浮いてきた。どうするのだろうと見ていれば、辿り着いた腕を掴まれ引き寄せられた。なかなか強い力に、カカシは元の位置に戻らざるを得なかった。
片手をカカシの頭に置くと、その手でそっと撫で回す。いい子だ、と労る声は誰に向けてだろうか。
だけどカカシは怒らない。
こうして見ていれば、表情と声でイルカの夢は生徒達に囲まれているのだと解るから。
「ねえ、イルカの引っ越しにあたしも付いてっていいのよね。」
今作業の真っ最中よと執務室で寝そべる夜の耳元ではああと声を上げて、イルカは顔をひっかかれた。
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