25

眠らせるってどうやれば、とカカシは腕を組み考え込む。その様子に三代目は首を傾げた。
「ところで今更だが、お主ら本当に良いのだな。」
「ええオレは覚悟しています。…イルカ先生は、」
と言葉に詰まればじっと睨まれ先を促された。
「イルカ先生には、まだ了承を得ておりません。」
はあ、と三代目とカカシはそれぞれ違う理由で同時に息をつく。
「爺様、それは無理でしょ。イルカが解放されるのは明日ですもの。」
「そうか、アカデミーの実習に加勢しておったな。だからといって勝手に話を進めては、イルカが臍を曲げるだろうよ。」
ぐうの音も出ない。
「爺様…だからね、あの子を頷かせたかったら強行手段に出るしかないじゃない。」
現金な事に夜の援護でカカシの気持ちはすぐに上向いた。
「覚悟しました、準備しました、後はイルカがうんて頷けばいいだけにして。」
「いやしかし、チャクラの交換はイルカが拒否すればできぬ。わしが封印を施した時は、イルカが夜を使役する為だとごまかしておいたのだ。」
沸騰する二人に待って下さい、とカカシが割って入る。
「原点に返りましょう。夜が化け物と消滅する道を選んだという事実を、イルカ先生をどう思うのかは明白です。自分のせいだと、嘆き悲しむ様子も手に取るように見えます。そして解術しろと三代目に掴み掛かり、夜がしないと突っぱねてイルカ先生は更に自分を追い詰めてしまうのでしょうね。」
そう言われると三代目も夜も、自分達が悪者になったような気がしてカカシから顔を背けた。
「オレが三代目の後を引き継ぎ封印術を施すという事も、彼はきっと自分の非のように思うでしょう。オレが犠牲になる理由はないと、封印術者交替を受け付けずに逃げ回るんでしょうね。」
だろうな、と三代目は椅子の背当てからずり落ちそうにだらしなく力を抜いた。転げ落ちる危険を察知した夜が、ひょいと机に飛び乗って巻物の上に着地する。
あ、と夜の身体が小さく跳ねた。
「何これ、あたしの身体に何か入ってくるわよ。ちょっと、爺様、なんか変。」
上から押し付けられたような感覚で自由が効かない、と夜は苦しそうに息をはいた。見る間にふにゃりと崩れて、夜の身体は四肢を投げ出して横に寝転ぶ形になった。
にゃあ。
助けて、と言いたかったのだろうか僅かに動く顎から小さな声を絞り出して夜は目を瞑った。
「夜!」
抱き上げようとしたカカシの指先に、ぱちりと火花が咲いた。手を引いて見詰めた指先には、まだ幾つかの火花が線香花火のように弾けている。
やがてそれも収まり、カカシはその指先をもう片方の手でそっと触る。もう何も起こらない。
「寝とるわ。いや気絶か…まあ息はしっかりしているが。」
三代目も絶句し、二人は暫く夜を見詰める事しかできなかった。
数分たったろうか、うっすら夜の目が開き瞬きを繰り返してそろそろと身体を起こした。
「どうしたのだ。いったい何が起こったのか解るか?」
まだ手を出す事は躊躇われ、ほんの少し距離を取りながら三代目は夜の目を覗き込んだ。
「知らないわよ。カカシのチャクラが入ってきたのは解ったんだけど、どんどん入るから気分が悪くなってあっという間に目の前真っ暗よ。」
ふるふると頭を振って起き上がり、夜は乱れた身体の毛繕いを始めた。
「触っていい?」
「やってみて。」
カカシが頭を撫でる。良かった、弾かれない。
「カカシ、どうした。」
夜の頭に乗せた手が止まっている。三代目が見上げたカカシは、左目を開いて夜を見ていた。
「あの、火影様…。オレのチャクラが入ってます。」
「どこにじゃ。」
「夜を囲う封印にです。」
三代目にさえ理解できない状況で、カカシがおかしな事を口走る。
ただ封印術を記した巻物が、それだけでは発動しない筈の術を発動させたのか。素早く印を切ると、術者のみに跳ね返る確認のしるしに三代目は唖然とした。自分のチャクラが抜かれ、正しくカカシのチャクラが編み込まれていたのだ。
慌てて巻物を最初から読んでいく。
不審な部分もなく、ただ最後にこれを譲り渡す相手のカカシの血判が書き足されていただけだった。
「まさかこれが。」
左目を晒したままのカカシにそれを指さす。
カカシも最初から読み進め、自分の血判に目が辿り着けば頷かざるをえなかった。
そのようですと戸惑う声に、夜が楽しそうに笑って返した。
「ね、同化したのよ。イルカには悪いけど、もうあんたがイルカの守護になったの。」
守護、と呟く。なんだか恥ずかしいが心地よい響きだ。しかし守護なら夜の方だろうと、否定する前に鼻で笑われる。何回馬鹿って言わせるの。
「あたしがやられたらイルカも無事じゃないのよ。」
そうだ、それを忘れていた。
いつか見た夢はイルカを喰らい尽くして骨さえも残さなかったではないか。
あれはただの夢などではないのだ。
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