「でも、イルカ先生はすんなり頷かないだろうね。」
振り返ったカカシの優しく強い笑顔に、夜は見惚れて息を飲む。
三代目が教えてくれたカカシの過去は、辛かっただろうなんて言葉ではすませられないもの。だけどこの男には、ジレンマを乗り越えきれずとも潰されず倒れない強さがある。
イルカの手を引いて、時にはイルカに手を引かれながら、並んで歩んでくれると最初から信じていたあたしの勘は正しかったわ。そうよ、まっすぐな瞳が雄弁に物語ってるじゃない。愛、を。
ソファから飛び起き、夜はにゃあと甲高く叫んでカカシへ向かって跳ねた。咄嗟に背中を向けてかがみ、カカシは広いその背で受け止めた。爪が薄い服の生地を通して皮膚に感じられ、ひやりとしたと笑いながら夜を叱る。
「こら、今のオレは傷を作る訳にはいかないだろ。忘れちゃ駄目だよ。」
後ろ手に首根っこを掴みぶらりと宙に浮かせると、そのままの格好で項垂れた夜は爪を引っ込めた。
「ごめん、だって、嬉しい。」
興奮して尻尾の毛を逆立てる小さな身体を胸に抱いてやれば、夜はそろりと前足をカカシの肩に添えて顎に鼻先を擦り付けた。
「うん大丈夫、オレがいる。」
無意識に夜の向こうのイルカに向けられた言葉は、ただ甘く優しい。カカシの心が走り出した瞬間を見届け、夜は涙の浮かぶ目を閉じた。
きっとイルカは一人でいる事を選ぶ。カカシがいなければ駄目なんだってあの子が認めるには、長い長い時間が掛かるでしょう。
「イルカは手強いわよ。悪戯して火影岩から逆さ吊りされても、絶対に謝らない子だったんだから。」
「へえ、凄いね。ナルトなんか目じゃないワルガキだったんだ。」
もっと聞かせろとせがむカカシを、後でゆっくりと夜は優しく宥めた。
共に入浴し、食事を分けあって食べた。なかなか眠くはならないが、まだ熱が引かないからと夜はカカシを寝室に押し込めた。
誰も聞く者はいないが小声で話が続く。
「それでね、朝になったら蛍が死んだって大泣きするし。」
「蛍が?」
「一夜限りの寿命を知らなくて。」
「それはオレも知らなかったよ。」
馬鹿ねえ、と笑われつられてカカシも笑う。次第に掛け合いは間延びしてゆき、やがてお休みと呂律の回らないカカシの言葉で会話は途切れた。
うっすら昇る朝陽に目覚め、枕元に眠る夜を起こさないようにカカシは伸びをした。なんだか清々しいのは身体の調子が良いからだろうか、気持ちが決まったからだろうか。イルカの訪問が待ち遠しくて、大人しくしてなどいられない。
もうひと部屋の窓を開け放し丁寧に棚の埃を落としているとイルカの気配を感じ、カカシはいそいそと玄関のドアを開けた。
「おはようございます。」
「おはようございます。…カカシ先生、無理はしないで下さい。」
身体中に埃を纏わせていては、早起きして掃除をしていたと解るじゃないか。カカシ先生が目覚める前に来て、置き手紙を後で読んでもらうつもりだったのに。
困ったようなイルカの顔に慌てて熱が下がったからと言い訳すれば、過信は禁物ですとカカシの身体中に乗った埃を懸命に払ってくれた。
心配してくれる、嬉しい、とカカシはされるがままに立っていた。抜き身の刀のような男が身体を触らせる事を許すのは自分だけだと、イルカは知らないし勿論カカシも気付いていない。
「もういいから、上がって。」
促されて一瞬間を置き、イルカは深々と頭を下げた。
「申し訳ないのですが、アカデミーに行くのでカカシ先生のお世話ができなくなりました。」
玄関先で立ったまま、イルカはまだ温かな朝食の包みを差し出した。至急かと問えば首を横に振る。イルカの腹がぐうと鳴り、カカシは思わず腕を取って中に引き込んだ。
「食べてから行って。…で、何があったんです?」
ショックを隠そうとしたが難しく、カカシはイルカの腕を掴む手を無理矢理剥がして背を向けた。
「トラップに掛かりそうになった生徒を庇った教師が全身打撲で検査になったので、代わりに実習に参加してきます。」
「そうですか、大変ですね。」
イルカ先生は教師だ、絶対にないとは言えなかった事だろう。オレの熱も下がり始めてしまったから、引き止める理由はない。
茶の支度をする手の震えを抑える為に深呼吸をし、カカシは顔に笑みを作って振り返る。
その間にイルカもひきつる顔を笑みに変えた。
俺は教師、優先すべきは生徒達なんだ。いずれにせよカカシ先生との時間はあと数日で終わっていたのだから、自分一人がこんなに動揺してはみっともない。
「名前だけの大隊副隊長ですが、一応実戦を模してるんで任務経験で選ばれています。待機者ではその…オレしか該当しないからと言われて。」
凄いですねとのカカシの感嘆に、過去の話ですとイルカは頬を染めた。
振り返ったカカシの優しく強い笑顔に、夜は見惚れて息を飲む。
三代目が教えてくれたカカシの過去は、辛かっただろうなんて言葉ではすませられないもの。だけどこの男には、ジレンマを乗り越えきれずとも潰されず倒れない強さがある。
イルカの手を引いて、時にはイルカに手を引かれながら、並んで歩んでくれると最初から信じていたあたしの勘は正しかったわ。そうよ、まっすぐな瞳が雄弁に物語ってるじゃない。愛、を。
ソファから飛び起き、夜はにゃあと甲高く叫んでカカシへ向かって跳ねた。咄嗟に背中を向けてかがみ、カカシは広いその背で受け止めた。爪が薄い服の生地を通して皮膚に感じられ、ひやりとしたと笑いながら夜を叱る。
「こら、今のオレは傷を作る訳にはいかないだろ。忘れちゃ駄目だよ。」
後ろ手に首根っこを掴みぶらりと宙に浮かせると、そのままの格好で項垂れた夜は爪を引っ込めた。
「ごめん、だって、嬉しい。」
興奮して尻尾の毛を逆立てる小さな身体を胸に抱いてやれば、夜はそろりと前足をカカシの肩に添えて顎に鼻先を擦り付けた。
「うん大丈夫、オレがいる。」
無意識に夜の向こうのイルカに向けられた言葉は、ただ甘く優しい。カカシの心が走り出した瞬間を見届け、夜は涙の浮かぶ目を閉じた。
きっとイルカは一人でいる事を選ぶ。カカシがいなければ駄目なんだってあの子が認めるには、長い長い時間が掛かるでしょう。
「イルカは手強いわよ。悪戯して火影岩から逆さ吊りされても、絶対に謝らない子だったんだから。」
「へえ、凄いね。ナルトなんか目じゃないワルガキだったんだ。」
もっと聞かせろとせがむカカシを、後でゆっくりと夜は優しく宥めた。
共に入浴し、食事を分けあって食べた。なかなか眠くはならないが、まだ熱が引かないからと夜はカカシを寝室に押し込めた。
誰も聞く者はいないが小声で話が続く。
「それでね、朝になったら蛍が死んだって大泣きするし。」
「蛍が?」
「一夜限りの寿命を知らなくて。」
「それはオレも知らなかったよ。」
馬鹿ねえ、と笑われつられてカカシも笑う。次第に掛け合いは間延びしてゆき、やがてお休みと呂律の回らないカカシの言葉で会話は途切れた。
うっすら昇る朝陽に目覚め、枕元に眠る夜を起こさないようにカカシは伸びをした。なんだか清々しいのは身体の調子が良いからだろうか、気持ちが決まったからだろうか。イルカの訪問が待ち遠しくて、大人しくしてなどいられない。
もうひと部屋の窓を開け放し丁寧に棚の埃を落としているとイルカの気配を感じ、カカシはいそいそと玄関のドアを開けた。
「おはようございます。」
「おはようございます。…カカシ先生、無理はしないで下さい。」
身体中に埃を纏わせていては、早起きして掃除をしていたと解るじゃないか。カカシ先生が目覚める前に来て、置き手紙を後で読んでもらうつもりだったのに。
困ったようなイルカの顔に慌てて熱が下がったからと言い訳すれば、過信は禁物ですとカカシの身体中に乗った埃を懸命に払ってくれた。
心配してくれる、嬉しい、とカカシはされるがままに立っていた。抜き身の刀のような男が身体を触らせる事を許すのは自分だけだと、イルカは知らないし勿論カカシも気付いていない。
「もういいから、上がって。」
促されて一瞬間を置き、イルカは深々と頭を下げた。
「申し訳ないのですが、アカデミーに行くのでカカシ先生のお世話ができなくなりました。」
玄関先で立ったまま、イルカはまだ温かな朝食の包みを差し出した。至急かと問えば首を横に振る。イルカの腹がぐうと鳴り、カカシは思わず腕を取って中に引き込んだ。
「食べてから行って。…で、何があったんです?」
ショックを隠そうとしたが難しく、カカシはイルカの腕を掴む手を無理矢理剥がして背を向けた。
「トラップに掛かりそうになった生徒を庇った教師が全身打撲で検査になったので、代わりに実習に参加してきます。」
「そうですか、大変ですね。」
イルカ先生は教師だ、絶対にないとは言えなかった事だろう。オレの熱も下がり始めてしまったから、引き止める理由はない。
茶の支度をする手の震えを抑える為に深呼吸をし、カカシは顔に笑みを作って振り返る。
その間にイルカもひきつる顔を笑みに変えた。
俺は教師、優先すべきは生徒達なんだ。いずれにせよカカシ先生との時間はあと数日で終わっていたのだから、自分一人がこんなに動揺してはみっともない。
「名前だけの大隊副隊長ですが、一応実戦を模してるんで任務経験で選ばれています。待機者ではその…オレしか該当しないからと言われて。」
凄いですねとのカカシの感嘆に、過去の話ですとイルカは頬を染めた。
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