17

「カカシ先生は、朝を抜く人ですか。」
振り向いて訊ねながら、イルカは台所の二人用のテーブルに鍋やフライパンを積んだ。夜なら六匹位は入れそうな布袋から、調理器具が幾つも取り出される。
「その時々で。」
「では、今は体力を落とさない為にも少し食べて下さい。こちらには小さな薬罐しかなかったので、綺麗じゃないけど色々うちから持ってきました。」
カカシはイルカの隣に立ち、積み上げられたそれらをじっくりと見た。外側は焦げや傷があるが、内側は丁寧に磨かれてイルカの性格が窺える。
「イルカ先生が作ってくれるの、嬉しいなあ。」
小さな呟きが本当に嬉しそうに聞こえ、一瞬でイルカの耳が赤く染まった。
「期待されても、店で出てくるような物は何も作れませんよ。」
顔が熱を持った自覚があるから、カカシに背を向けフライパンを軽く洗って料理を始めた。だが後ろから覗き込まれて手元を見ていられるのは、なんだか恥ずかしくて逃げたい。
「朝から誰かに食事を作ってもらうなんて、すっごい久し振り。」
何気なく言ったカカシに他意はない。それでもイルカには、かつてはカカシにもそんな相手がいたのだと解って手が止まった。
そうだよ、夜を共にし朝まで眠った相手が一人もいない筈はないだろう。いい大人だ、ましてやカカシ先生は極上の女性が選び放題なんだから。
「やだなー、俺なんか適当なものしか作れないから恥ずかしくて。比べないで下さいよ。」
どうして動揺しているんだ。なんで苦しいんだ。
「俺もちゃんと教わっときゃ良かったかな。見よう見まねじゃ深い味は出せないですからね。」
早口でさも忙しそうにフライパンを振る。胸に詰まった息が、上手く吐き出せない。
「きのこの炒めものふわふわ卵添え一丁。」
そのまま数種のきのこと卵がこびりついた深めのフライパンに、水を入れて火に掛けた。沸騰したら火を弱め、味を確かめてほんの少し胡椒を足す。最後に小指の先程のさいころ状のパンをばら蒔き、細切りのレタスも乗せた。
「後はスープにすれば味も付いてるし、洗う時に楽なんです。食材は残り物でいいし。」
「凄い着想だね。お母さん、それとも先生の考え?」
「両親は大分前に亡くなったので、残念ながら何も聞いてません。」
洗い物をするイルカを見ながら、カカシは眉を寄せた。
誰に教わったのか。見よう見まねとは、以前一緒に住んでいた女の事なんだろうか。
手を伸ばせば触れる位置にいるイルカを、無性に抱き締めたい衝動に駆られた。一歩も動けなかったけれど。
「今の俺にはこれ位しかできませんが。」
あまり動かないでしょうからカロリーは控えました、と言い添えられてカカシは充分すぎますと恐縮する。
充分だ。イルカが側にいてくれればそれだけで。
「今日は、どういう予定ですか。」
まさか自分に掛かりきりな訳はないだろう。アカデミーにも顔を出さなきゃまずいんじゃ。
「とにかく最初に布団を干して、使ってない部屋の掃除ができたらと。」
イルカが私服だった事に、カカシは今やっと気付いた。
本当にカカシの為だけに、一日中ここにいてくれるのだ。舞い上がるとはこんな気持ちを言うのだろうか。
「じゃあオレは、何をしたらいいんですかね。」
ついそわそわして、手伝おうと言い出した。言い遣った事以上をイルカがしてくれるなら、手伝うのは当たり前だ。
「カカシ先生は何もしなくていいんです。調子が悪いんでしょう?」
向かい合わせに座って食事を摂りながら、イルカは手をカカシの腕に置いた。
「ほら、まだ熱がある。」
「でもこんなのは別に…。」
真顔でじっと睨まれれば言葉がない。本当に、この位は大丈夫なんだけど。
「イルカ先生は怖いって、よく解りましたよ。」
「はい?」
目を剥いて首を傾げる様子は今何を言ったと顔に書いてあるようで、素のイルカの可愛らしさにカカシは肩を揺らして大笑いした。
笑いがツボに入って止まらない。イルカは怪訝な表情に変わり、それがまた心の内をよく表してカカシを笑わせた。
「そんな、胡散臭いって顔に書いてあっちゃ、」
どうにか収めたくて歯を食い縛る。
「今度はぶうたれるし。」
イルカの口が尖ってカカシを上目使いに睨むが、それもまた逆効果だ。カカシの笑いが収まるまで、イルカの顔は百面相だった。
「何が可笑しいんですか。」
「いやー、イルカ先生大好きです。」
ぶっとスープを吹き出し、イルカは両手で口を覆った。
「子供達が懐くのも解るなあ…オレも懐こうかな。」
箸を動かしながら事もなげに言うカカシに、イルカは口の端から流れたスープを指で口の中に押し戻してひきつった笑いを見せた。
「な、懐くって。」
「うん、夜みたいに。」
カカシが小さくにゃあと鳴いた。
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