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二十五

玄関には青山が立っていた。
「何故真実を知ろうとしない。」
大股にイルカの側まで歩いてくると疲れた、と胡座をかいて座った。
「お、ひかり、よくカカシから取ってこれたな。」
湯飲みを手に取りくるりと回しながら、青山はひかりににやりと笑った。
「カカシ君の気持ちも解って欲しかったから、頑張っちゃった。」
うん、と青山は頷いてイルカの手に湯飲みを渡した。
「イルカ、これは任務先で俺が選んでやったんだ。」
「青山上忍が?」
何だか話の展開がよく解らないが、とイルカは小首を傾げる。
上忍の名前だけを求めた任務の帰り道、手作りの焼き物を置く店を見付けたカカシが立ち止まった。
―イルカが口が欠けた湯飲みをアカデミーで使い続けているから買ってやりたい。でも何がいいのか判らない。
カカシは選択という行為が苦手だった。イルカは歯ブラシ一つも選べないカカシに、二者択一の方法を教えてやったのだ。
これは候補だと思う物が複数あれば適当に両手に一つずつ取って、要らない方をよける。空いた片手にまた別の候補を持って、要らない方をよける。繰り返せば最後には一番のお気に入りが残る筈だ。
当時もその方法で最後に二つ残ったが、カカシは選べなかったのだと言う。
「あくまでカカシの話からの印象としてだがな。」
青山は道中のろけるカカシに驚いたと、口を引き結び思い出し笑いを堪えた。
「海の波がお前で、この千鳥がカカシだ。」
こじつけだがカカシも無意識に選んだらしい。青山が今イルカにしたように説明すれば、カカシは破顔して一も二もなく買い求めた。
最後まで悩んだもう一つは。
「カカシが自分用にと買ったよ。」
イルカはそんな事は知らない。ただこれを渡されただけだ。
「イルカに知られるのが恥ずかしかったらしいが、今はそれを使ってる。どんな絵だかは自分で確かめてみろ。」
イルカはゆるゆると首を横に振った。―もう関係ないです。
青山とひかりは目を合わせて、頑固者がと苦笑いした。
何としても、カカシと共に帰還させなくては。
「カカシも呼んである。」
イルカが動く前に、二人が両脇から腕を掴んで押さえていた。
逃げられない。まだチャクラは瞬身の移動までには戻らない。イルカは諦めた。
直接聞くのは辛いが、カカシから元の関係に戻れないと言われれば皆は納得するだろう。それで、終わりだ。
イルカは腹を括って本当に俺も思い出にしなきゃな、と深呼吸をした。
「お呼びですか。」
不意に背中に聞こえた、カカシの声。驚きにイルカは体を揺らした。
「まあ座れや。」
手招きした青山に、カカシは表情を変えずに頷いて輪に加わった。だがイルカからは、一番遠い。
「青山さんお話って、」
テーブルの上の湯飲みに気が付いたカカシは絶句した。
今回武器やらを詰めた小さな荷物に、つい入れてしまった湯飲みだ。カカシと決別する為にイルカが手離したのに、未練がましくしがみついた思い出だ。イルカの部屋に転がり込んだ時の、初めての贈り物だ。
「いったい、あんた方は何がしたい。」
つい言葉が乱暴になるが、しれっとひかりは言う。
「いやだ、二人が焦れったいだけよ。」
「何が。」
カカシは苛立ちを隠せなかった。
「いい加減認めろ。」
「だから! 何の事なんだってんだ!」
まあまあと青山は、腰を浮かせて勢いよくテーブルに両手を着いたカカシを笑って宥めた。
華奢なミニテーブルが、上から加えられた圧力にみしりと悲鳴を上げて歪んだ。慌てて手を離したが、金属の脚は僅かに歪んだままだ。すみません、とカカシは小声で頭を下げた。
解ってる、この二人が何を言いたいかなんて、一日中ひしひしと感じてるんだ。
カカシは重い口を開けて溜め息をついた。
「うみの中忍は、私が疎ましいだけです。」
イルカは目をつむり、鼻がつんと痛むのを堪えた。
「イルカ、そうなのか。」
「いえ、それは、は、たけ上忍の方が、」
涙が込み上げ小刻みに震えるイルカは、まともに話もできない自分が情けなかった。
きちんとけりを着けなくては。
「私が、」
顔を上げて。
「悪いんです。だからはたけ上忍に捨てられたんです。」
「だとよ。」
顎を乗せた手の肘を胡座の膝に着き、青山は面倒な奴らだと今度はカカシに橋渡しをする。
「あの時は…なんだか、イルカ先生といると息苦しくて。」
苦しそうに歪められたカカシの顔は、いつだったか割りと最近見たような気がする。
まだ細部の記憶の統合ができていないイルカは、その時も辛そうにしていたなあと泣きながら微笑んだ。
「俺、カカシさんに嫌われたくなくて、頑張ったけど無理だった。」
「違う! オレが甘えていただけで、あんたは悪くない。」
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