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土日の連休がありがたい。独り身では、五日分溜まった家事は自分で片付けなければならないからだ。
このところイルカは食事を作っても、鍋や食器は使う物をその時々に洗い桶の中から拾っているので、月曜の朝の皿が土曜の昼まで桶の底に沈んでいたりする。
「小人さん来てくれぇ。」
生徒の話すおとぎ話の、何でもやってくれる小人さんを呼びたい位に疲労は溜まっていた。お人好しは何でも引き受けてしまうのだ。
お湯の出ない水道はあかぎれを作り、イルカは見かねた町田にクリームを塗ってもらう事がある。
爪の先まで丁寧にマッサージを施す細く白い指に頬が染まり、イルカはそれをからかわれて余計に意識してしまう。
「何故か荒波先生にはやってあげたくなるんですよ。」
「そうか、ついでに身の回りの世話も全部やってやれよ。」
町田もお婿さん募集と言い続けているので、周りは暇潰しに二人をくっつけようと画策していた。
また職人通りの世話焼きな人達がお見合いの話を持ち掛けたりもして、イルカはすっかり町の住人として受け入れられていた。
越してきて四ヶ月すぎ、長期に渡り思い出しかけてすぐ忘れる何かがイルカに影響しないわけはなく、それは頭痛と倦怠感となって表れていた。
丈夫だからと過信していたがゆうべはついうたた寝をし、カカシが部屋に入って揺すられて漸く気付いた程の憔悴様だったのだ。
「これ。」
ちゃぶ台にそっと置かれた、油紙に包まれた小さな漢方薬のような玉。
カカシの顔を見ると、遠慮がちにイルカを窺っている。
「忍びの、食事代わりにもなる栄養剤みたいなものだから。」
一般人でもイルカは元々の体力があるから大丈夫だろう、試しに半分に割って飲めと勧めた。記憶もチャクラも封じてあるが、それでも忍びの身体だ、イルカが基礎鍛練を怠っていない事はカカシには見れば解る。
イルカは言う通りに口に含んでみた。やはり漢方薬のように少し苦いが、味を確かめながら舌で転がしている内にふわりと溶けてしまった。
「溶けた。」
驚くイルカにカカシが笑う。ああ、久し振りの笑顔だ。
それだけなのに、イルカの胸が弾む。
「もう効いた気がします。」
イルカも笑顔を返し、ありがとうと頭を下げた。
「あんたと話をしちゃいけないんだけどね。」
これ位は許されてもいいだろう?
「元気でいてもらわないと。」
オレが辛いから。
即効性のある兵糧丸は、イルカの顔に血の気を戻してくれつつある。また来る時にはその笑顔を見せて欲しい。
「やはり、貴方を知る事は難しいのでしょうか。」
背中に掛かる声に勘違いしそうだ。カカシは無言を返事として、ベランダの柵を蹴って跳んだ。
「…駄目なんだ。」
イルカの視線は長いことカカシの消えた先から離れなかった。
ざわつく胸の奥にはカカシが居続けている。記憶の二重封印も効かない、匂いのように染み付いたものがカカシの訪れの度に浮き出てイルカに纏わりつく。
カカシを見送り俯いたら、ちゃぶ台に置かれたままの油紙の包みに気が付いた。
忘れたのか、くれたのか。また来た時に聞いてみようと、引き止めて話す理由ができた事が嬉しくて、イルカは兵糧丸を宝物のようにそっとしまった。

小さな町には高等教育の学校がない。基礎教育を終えると、自宅から近隣に通学するか遠ければ下宿する。だが学歴はいらないと家業を継ぐ者が此処では半数を越える。
イルカは仲良くなった最高学年の生徒達から進路の相談を受けるようになり、それを町田に話すと生徒との個人面談に同席して欲しいと懇願された。
放課後の面談で帰りも遅くなり、やはり独り暮らしの町田とどこかの店で夕飯をとって帰る日もあれば、打ち解けて自然に意識し合うようになる。
自分が申し込めばこのまま交際に発展するだろう状況で、それなのにイルカは踏みきれない。まだ過去を引き摺るのかと聞かれれば、即座に全否定できるのに。

男性教師だけの酒宴がイルカの部屋で開かれていた。
「まだ付き合わないのか。彼女、待ってるみたいだけどな。」
塩谷につつかれても躊躇うだけだ。
「素敵な人だとは思いますが、付き合うかというとまだ…。」
「恋愛なんて勢いですよ。付き合ってあっという間にできちゃって、それで男は腹を括るんです。」
仲野雄太は十代ででき婚をして、今や成人した娘を筆頭に四人の子持ちだ。結婚はいいぞとぐらつくイルカをそそのかす。
「うちみたいなケースもありますよ。」
バツイチの森村が茶化す。疲れたと子どもを連れて出ていった妻と、三年揉めて協議離婚したのだ。
「でも子どもは可愛くて、時々会いに行くと成長したなって嬉しいんです。」
ほら、と見せた写真は悪戯盛りのやんちゃ坊主で、顔一杯の笑い方が森村によく似ていた。
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