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半年振りのイルカの笑顔と笑い声。
まさか応援に、それも危険な撹乱部隊で来るとは思いもよらず。カカシはほんの少しだけ夢を見てもいいのかと、動悸の止まない胸を抑えて神に感謝した。

閃光弾を合図に、奇襲が始まった。
兵士は殲滅だ、一般人も向かって来るなら多分予備兵士だ、容赦はいらない。
攪乱部隊のイルカ達は昨夜の内に城の外にぐるりとトラップを仕掛け、出るも入るもままならない状態にしていた。そして戦闘部隊に隠れ、城内での攻撃に見せ掛けた攪乱に走る。
引き付けて離し、追い詰めるのはワルガキ時代の悪戯で火影や上忍師に実証済みだから楽勝だと、思わず邪悪な笑みが出る。当時の仲間とは指一本で作戦の合図を交わす、そいつも楽しそうだ。
追い掛けられても、イルカには誰も追い付きはしない。何故なら振り向けばカカシがいるから。

イルカに会えた後に、カカシは総隊長を降りると言い出した。イルカに付いていたい。
そんな我が儘は通らない筈だが許されてこうしてイルカを守る。それは信頼に足る仲間がいてくれたからこそ。
「先生の唯一の欠点は、単独で動くと背中が空く事です。」
解っていて何故連れてきた、とカカシが聞けば本人も承知してそれを餌に相手をトラップに突っ込ませるんです、と答えた。
「見事に引っ掛かってくれますが但しご自分も怪我なさるので、」
とちらりとカカシを見て言葉を濁す。
あーやるよなぁ、と各部隊の隊長副隊長が大笑いしたのは、彼らはそれを知っていて援護をした事もあるからだ。
「うっかりうみのの援護を忘れていたな。」
危険を承知でトラップを仕掛けるイルカがどれだけ重要かつ強いのか、知らないのはカカシだけ。
「心配だ。やっと半年振りに会えたのに、オレ、総隊の指揮できないかも。いや無理駄目できないやめるやめた。」
初めて見た取り乱すカカシを、解った解ったと涙を流す程笑いながら皆で叩いて、攪乱部隊に送り出した。

次は落とし穴に向かいます、とイルカは声を出さずに指で示す。前へ走って右へ曲がり、樹上へ跳んだら網を落とす。
「いち、に、アタック!」
簡潔で小気味良い指示に思わずカカシは唸った。
素早く確実に多人数を捕らえられ、こちらの被害は最少だ。なんて策士かと、穴の中でもがく三十人は下らないだろう兵士達を放って、カカシはイルカの後を追って城に入った。
中には事前にトラップが仕掛けられなかったから、その場で糸を巡らせ札を貼って進む。
カカシはもうイルカの後ろではなく横に並ぶ。これから先は自分の出番だと。
行きます、とイルカがカカシに手を差し出した。何をするのかとその手を見るだけのカカシに焦れて、イルカがカカシの手をぎゅうと握った。
「一蓮托生、俺はあんたの何でしたっけ?」
「大事な恋人です!」
叫びながらカカシは、兵士に向けて鋼糸を結んだクナイを飛ばすイルカの腰を支えて、あちらへこちらへと飛び回った。
まるでずっと組んでいたような、それは阿吽の呼吸だ。背中に張り付きイルカの身体を抱えて、カカシは指示通りに動いてくれる。とくとくとカカシの鼓動と体温を、また背中に感じてイルカは速まる自分の鼓動を自覚した。
後方の戦闘部隊が鍵の掛かった国主の部屋に突入し、その時点で攪乱部隊のシゴトは終わった。
「でも本陣に戻るまでがシゴトですから。」
どさくさに紛れて抱き締めるカカシをいなしながら、イルカは身体に添う腕を優しく擦り続けた。
さっき手を取った時からカカシは震えていたのだ。多分本人は気付いていないだろう、未だにマスクの下の歯の根も合わずにガチガチと鳴っているのは至近距離にいなければ解らなかった。
貴方が心配だから我が儘を言って付いて行きます、と頭を下げられまたこうして震えるカカシに、イルカは友人としてではない自分への感情を見た。
何故だ、とカカシに今は問う時ではない。それにもしもその感情を告げられたら自分は何と答えるのか、気持ちの整理がついていない。
ともかく帰還してからだ。
「カカシさん、帰りましょう。」
自然に呼称が変わった。イルカは何故かそう呼びたかったのだ。
だがカカシは気付かない。イルカに怪我をさせずに終わった事だけが、カカシの心を占めていたからだ。

帰れる、一緒に帰れる。
でも、帰ってから、オレはどうしたらいい。
恋人の振りをまだ続けるのか。
後先も考えず出た言葉に振り回されたイルカを、そろそろ解放すべきではないか。
決まった人がいないのなら、と女に迫られ続けていたのは真実だがかわす事はできた。年寄り達のボケた愚痴など覚えてもいない。
ただイルカと近付きたかっただけで。
ただイルカに名前を呼んで欲しかっただけで。

帰りたいけど、帰りたくない。
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