六
「オレはよぉ、イルカの登校の面倒を見てやってたんだぞ。」
不意に言われても、イルカにその人の顔は記憶に新しいだけだ。はしばみと言ったか。
「子ども会のケンタだ。」
あ、とイルカがその頭を指さすとはしばみは頭頂部の髪を分けてイルカに見せた。名誉の負傷の楕円形のハゲが当時のままで、懐かしさに笑い出す。
「登校途中で喧嘩して、頭から血を流しながら手を引いてくれた、あの。」
アカデミーに入学したばかりの頃は、地域の子ども会の規則ではしばみら上級生達に手を引かれていた。アカデミーまでは距離があるからと。
忍び通りのこの一帯からは多く通学していたが、仲が悪い同級生と鉢合ったはしばみが、連れていたイルカをからかわれた為に喧嘩になったのだ。
「男だか女だか判らないって、理不尽な事を言われてよ。」
どんなだったか見てみたい、と言われてナルトがすかさずアルバムを取り出した。
確かに、と揃って頷くような人を惹き付ける大きな黒い目と凛々しい眉と、薄く小さな口と細い顎はアンバランスで。よく変な大人に声を掛けられたと聞けば、守るのも当然だろう。
突然カカシが起き上がり何でその頃俺に頼まなかったんですかと、それこそ理不尽な事を叫んだ。
「お前、知り合ってなかったろうが。」
「今から時空間忍術使うからっ。」
立ち上がったカカシを羽交い締めにしながら仲間達は笑う。
「すみませんねえ、成長したら可愛くもない平凡な中忍で。」
くつくつ笑うイルカにあんたは自分の魅力が解ってない、とカカシはいきり立ったままだ。イルカの為なら見境がないただの男だと醜態を晒したが、当の本人は形振り構わずイルカに執着する。
こんな馬鹿だけど死ぬまで面倒見てやってあの世でも離さないで、とそんな頼み方は狡い。やっぱり愛されてるじゃないか、とイルカは上忍達に少しだけ嫉妬した。
「それに、噂なんか信じちゃ駄目よ。火のない所に煙を立てるのが忍びでしょ。」
でも、とイルカは及び腰になる。
カカシは自分のモノだと、自分はカカシのモノだと言い張れば真実になるかもしれない。気になってカカシが振り向いてくれるかもしれない。
女達のそんな一途な想いを知ってしまえば、イルカはカカシが側にいてくれる事が嬉しくて辛い。
「何で他人に感情移入するの、俺の気持ちはどうなるの。」
俺が選んだのはイルカなんだから、とカカシは項で緩く縛られた髪を撫でる。
「それならどうしてイルカ先生を不安にさせたんだ。」
それまで会話には興味がないと庭を見ていた筈のサスケが、部屋の隅から仁王立ちでカカシに問い掛けた。
どういう事だよ、と上忍達が眉を寄せてカカシを見ると項垂れて縮こまっていた。サスケが続ける。
「イルカ先生に甘えるだけ甘えて、こいつは何も返さなかった。言葉一つも。」
泣かしたら許さない、と奥歯を噛み締め写輪眼さえ発動させそうな勢いのサスケが止められない。
イルカ先生が何かをずっと悩んでいたのは知っていた、とナルトも言う。まさかそんなくだらない事だとは思わないし、とサスケはカカシを睨んで昨日からの怒りが収まらない様子だ。
「カカシさんのせいじゃないから、サスケ、もういいから。」
イルカはおろおろと、二人を交互に宥めようとするが何をどう言ったらいいのか判らず、泣きそうだ。
「だから、昨日ちゃんと伝えたでしょうが。」
何ぃ、と上忍達の手がカカシに飛んだ。最初に告白して想いを遂げたんじゃなかったのかと。
いいんです、とイルカは痛いと頭を抱えるカカシを庇う。今が幸せだからと赦す、赤く染まった顔に一同の気が抜けた。
やってらんねえ、と一人ずつ任務に抜けていく。
また来るからとイルカには頭を下げ、からかい気味にカカシを蹴飛ばすのも友情からだろう。気のおけない仲間が沢山いるのはカカシの人徳だと、自分の事のようにイルカは嬉しかった。
「邪魔されてばかりで進みませんが、今日は柱の磨き上げまでは終わらせたいですねえ。」
カカシの言葉には天井も含まれていた。屋根裏に転がる尻尾の長いミイラに半泣きのサクラや濃色の服と髪をふわふわと真っ白に着替えたサスケが、時折息も絶え絶えに落ちてくるのを上司は茶を啜りながら頑張れー、と緩く応援する。
天井に蛙のように張り付いたナルトが木目を雑巾で擦りながら疲れてチャクラを途切れさせ、手足をぶら下げるのには箒の先で擽る非道さだ。
「カカシさん、もういいですから。」
見かねたイルカに目を見張り、生活費を稼がせてあげてよとカカシは冷ややかに返した。
あ、とイルカは口をつぐむ。自分もそうだったではないか。彼らの年には同じように一人で暮らし、任務で食べていた。
それに、下忍には修業でもあるのだ、依頼人の自分は結果だけを気にすれば良い。
「オレはよぉ、イルカの登校の面倒を見てやってたんだぞ。」
不意に言われても、イルカにその人の顔は記憶に新しいだけだ。はしばみと言ったか。
「子ども会のケンタだ。」
あ、とイルカがその頭を指さすとはしばみは頭頂部の髪を分けてイルカに見せた。名誉の負傷の楕円形のハゲが当時のままで、懐かしさに笑い出す。
「登校途中で喧嘩して、頭から血を流しながら手を引いてくれた、あの。」
アカデミーに入学したばかりの頃は、地域の子ども会の規則ではしばみら上級生達に手を引かれていた。アカデミーまでは距離があるからと。
忍び通りのこの一帯からは多く通学していたが、仲が悪い同級生と鉢合ったはしばみが、連れていたイルカをからかわれた為に喧嘩になったのだ。
「男だか女だか判らないって、理不尽な事を言われてよ。」
どんなだったか見てみたい、と言われてナルトがすかさずアルバムを取り出した。
確かに、と揃って頷くような人を惹き付ける大きな黒い目と凛々しい眉と、薄く小さな口と細い顎はアンバランスで。よく変な大人に声を掛けられたと聞けば、守るのも当然だろう。
突然カカシが起き上がり何でその頃俺に頼まなかったんですかと、それこそ理不尽な事を叫んだ。
「お前、知り合ってなかったろうが。」
「今から時空間忍術使うからっ。」
立ち上がったカカシを羽交い締めにしながら仲間達は笑う。
「すみませんねえ、成長したら可愛くもない平凡な中忍で。」
くつくつ笑うイルカにあんたは自分の魅力が解ってない、とカカシはいきり立ったままだ。イルカの為なら見境がないただの男だと醜態を晒したが、当の本人は形振り構わずイルカに執着する。
こんな馬鹿だけど死ぬまで面倒見てやってあの世でも離さないで、とそんな頼み方は狡い。やっぱり愛されてるじゃないか、とイルカは上忍達に少しだけ嫉妬した。
「それに、噂なんか信じちゃ駄目よ。火のない所に煙を立てるのが忍びでしょ。」
でも、とイルカは及び腰になる。
カカシは自分のモノだと、自分はカカシのモノだと言い張れば真実になるかもしれない。気になってカカシが振り向いてくれるかもしれない。
女達のそんな一途な想いを知ってしまえば、イルカはカカシが側にいてくれる事が嬉しくて辛い。
「何で他人に感情移入するの、俺の気持ちはどうなるの。」
俺が選んだのはイルカなんだから、とカカシは項で緩く縛られた髪を撫でる。
「それならどうしてイルカ先生を不安にさせたんだ。」
それまで会話には興味がないと庭を見ていた筈のサスケが、部屋の隅から仁王立ちでカカシに問い掛けた。
どういう事だよ、と上忍達が眉を寄せてカカシを見ると項垂れて縮こまっていた。サスケが続ける。
「イルカ先生に甘えるだけ甘えて、こいつは何も返さなかった。言葉一つも。」
泣かしたら許さない、と奥歯を噛み締め写輪眼さえ発動させそうな勢いのサスケが止められない。
イルカ先生が何かをずっと悩んでいたのは知っていた、とナルトも言う。まさかそんなくだらない事だとは思わないし、とサスケはカカシを睨んで昨日からの怒りが収まらない様子だ。
「カカシさんのせいじゃないから、サスケ、もういいから。」
イルカはおろおろと、二人を交互に宥めようとするが何をどう言ったらいいのか判らず、泣きそうだ。
「だから、昨日ちゃんと伝えたでしょうが。」
何ぃ、と上忍達の手がカカシに飛んだ。最初に告白して想いを遂げたんじゃなかったのかと。
いいんです、とイルカは痛いと頭を抱えるカカシを庇う。今が幸せだからと赦す、赤く染まった顔に一同の気が抜けた。
やってらんねえ、と一人ずつ任務に抜けていく。
また来るからとイルカには頭を下げ、からかい気味にカカシを蹴飛ばすのも友情からだろう。気のおけない仲間が沢山いるのはカカシの人徳だと、自分の事のようにイルカは嬉しかった。
「邪魔されてばかりで進みませんが、今日は柱の磨き上げまでは終わらせたいですねえ。」
カカシの言葉には天井も含まれていた。屋根裏に転がる尻尾の長いミイラに半泣きのサクラや濃色の服と髪をふわふわと真っ白に着替えたサスケが、時折息も絶え絶えに落ちてくるのを上司は茶を啜りながら頑張れー、と緩く応援する。
天井に蛙のように張り付いたナルトが木目を雑巾で擦りながら疲れてチャクラを途切れさせ、手足をぶら下げるのには箒の先で擽る非道さだ。
「カカシさん、もういいですから。」
見かねたイルカに目を見張り、生活費を稼がせてあげてよとカカシは冷ややかに返した。
あ、とイルカは口をつぐむ。自分もそうだったではないか。彼らの年には同じように一人で暮らし、任務で食べていた。
それに、下忍には修業でもあるのだ、依頼人の自分は結果だけを気にすれば良い。
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