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そういう理由でイルカが生家に戻ると言えば、カカシも当たり前のように引っ越しの準備の話に乗ってきた。自分も借りている部屋を解約して、一緒に住むと言い出したのだ。
イルカは嬉しかったが、カカシがどんなつもりでそう言ったのか聞くのが怖かった。イルカの側がいいとか、此処が帰る場所だとか折々に言われるが、カカシは誰にでも言っていると思っていた。イルカの部屋に入り浸るようになっても派手な噂が耳に入る度に、此処はカカシにとっては仮初めの宿なのだと、イルカは自分に言い聞かせていた。
何も約束していない、ねだってはいけない。カカシは自分に縛り付けるべき人ではない。
イルカがそれを隠し通せたから、言わずとも解ってくれているとカカシは誤解したのだ。カカシの周りでは二人は恋人同士なのだと認識していたし、カカシはイルカ一筋だったし。
噂は単なる有名税で、心当たりがなかったからカカシは放置していた。誘う女達には食事や酒には付き合うが、それから先には興味はないと拒絶して必ずイルカの元へ帰っていた。
まさか尾ひれが付いてイルカの耳に入っているとは思わなかったのだ。
アカデミーや事務方とはさして親しくない戦忍だが、忍びを統括する裏方には噂は全て入ってくる。特に有名な上忍達の噂は、真実でなくとも話のタネになるのだ。
イルカはカカシとの付き合いを隠してはいなかったが、聞かれないものは答えない主義だった。ましてや約束のないカカシの事など、誰かがカカシに問うて否定されたら終わりだ。教え子を通して仲が良いと思われている位でいいのだとイルカは考えていた。

その晩カカシはイルカの部屋で、思う事全てを吐かせた。今までの二人の時間をどう思っていたのか問い詰めたら、カカシがいつか離れていくまでの思い出の時間だと言われてしまい、言葉を紡ぐ為の口ではないのかとカカシは自分の失態に悶絶した。二度とイルカにそんな思いはさせたくないから、本気を見せようと拳を握った。

「表札は二人の名前を掲げます。」
正座して、朝食を摂りながらカカシはイルカに言った。
イルカの家は忍びの多い、通称忍び通りに面している。そこに名前を並べて掲げるのは、二人がそういう関係だと教える事だ。どうせもう昨日の今日で、商店街の人々が誰彼なく言い振れているのだろうが、とカカシはほくそ笑む。

掃除二日目にして、それを思い知る事になった。
「イルカちゃん、お手伝いはいらないかい。」
「イルカ、大工と配管工のおじさん達が来てくれたんだけど。あ、始めまして連れ合いのはたけカカシです。」
「イルカ先生、野菜が届きましたあ。」
「今行くから待っててもらって。」
「カカシ、顔が見たいって来てるぞ。あ、俺は部下です。」
「はいはーい、イルカも一緒でないと誰だか判らないから来てちょうだい。」

お昼には五人共応対に疲れぐったりとし、片腕を動かすだけで済む弁当屋の差し入れがありがたかった。
「疲れたけど楽しいです。これから毎日がこうなんですかねえ。」
イルカの膝枕で寝転んでいるカカシが笑う。
ひと月は物珍しさに人が覗くだろう。それを過ぎても下町だ、勝手に上がり込んで話に加わるのは見えている。
「イルカ先生、お庭の桜の花がまだ咲かないのはどうしてですか。」
サクラが同じ名前の花を気にしている。
知る限り里では散ってしまったが、この庭の大きな垂れ桜はまだ蕾だ。
「種類が違うらしいんだけど、よく知らないんだよ。」
イルカは庭に降り、樹を抱き締めた。アルバムにも毎年一緒に写っていた。
「咲いたらさ、皆で写真撮ろうってばよ先生。」
ナルトにしてはいい事を言う、とサスケが鼻で笑ってナルトを怒らせた。ナルトの反応が面白いからとからかっているのは一目瞭然だが、カカシはそれにいつものように付き合う事がなかった。
「ん、そうだね。」
イルカの為にできる事を。それしか頭にない。
「おーい、カカシいるかあ。」
玄関から聞こえた声は、忍び仲間のようだが誰かは判らない。イルカの膝から起き上がらないカカシに呆れてサクラが立ち上がる。
どやどやと遠慮なく居間に入ってきたのはカカシの上忍仲間ばかりで、イルカも受付で顔を見るだけの人達だった。勿論下忍の子ども達は誰も知らない。
「お前、本当に此処に来るんだ。」
「ご近所さんかよ、やだなあ。」
男が四人、女が三人、勝手に座り込む。
慌ててイルカがお茶を出そうと立ち上がりかけ、カカシが腰に手を回し邪魔して座らせた。膝枕を見せ付けるように。
「いいでしょ、俺だけの膝枕だよ。もー熟睡できちゃって最高。」
「あら、抱き枕じゃなかったの。」
「毎晩汗かいた後はよく眠れるだろ。」
カカシはいつもどんな話をしているのだ、とイルカの頬が染まる。
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