台所から目を背けて目の前に立つカカシの向こうの部屋を見ればそこもまた混沌とした、ごみによって床の見えない状態だった。汚部屋、という言葉を頭の中から追い出す為にイルカは首をぶんぶんと横に振った。
「いやありえない、こんな事、こんな……。」
外で見るカカシからは全く想像が付かない。どうしてこれ程までに片付けられないのか。
そう、ただごみの分別ができなくてごみ袋に入れて上手く口を縛る事ができなくてそのごみ袋を纏めて置いておく事ができなくて──。
良いように解釈しようとすればする程逆に思え、またお節介魂が大きくなる自分が抑えられない。イルカは大きく息を吸ってゆっくり吐くと、落ち着いた振りをしてカカシに笑いかけた。
「あの……もしご迷惑でなければ、私が分別をお手伝いしたいと思うのですが。」
多々良さんからの伝言も理解してもらえたと思うので、これからは宜しくお願いしますと頭を下げてすぐさま帰りたいところだ。だが心で葛藤した結果今吐いた言葉も、偽りなくイルカの本心である。
「え、本当?」
半分以上顔を隠していても、カカシが嬉しそうに笑った事が解った。
カカシ先生はただちょっと、里の暮らしと一般人に慣れていないだけなんだ。決まりは誰かが教えてあげれば解るんだから、俺がその誰かになればいいんだ。
ちらりと頭をよぎるそんな考えが、お人良しのイルカと笑われる所以だ。
それでもイルカは自分ができる事はしてあげたいと思い、見返りは求めずありがとうとお礼を言われるだけで満足するのだ。
「とりあえず、この地域は明日はペットボトルと瓶と缶と陶器の割れ物などです。ついでに燃える燃えないの仕分けもお願いしますね。」
部屋の方を指させば、カカシはちょこちょこと小走りに部屋に向かって行った。その後ろ姿をちょっと可愛いなどと思ったイルカは、緩む口元を手で押さえて俯いてしまった。
それぞれ台所と部屋でごみと格闘する事一時間あまり。結構な疲労感に、何もかも袋に突っ込んでいた事をカカシは本気で反省した。
「すみませんね、イルカ先生も仕事帰りで疲れてるのに。」
そんなに素直に謝罪されたら、そうですよなんて言えはしない。
「後は明日の朝、大体夜が明けてから決められた時間までに出して下さい。夜のうちに出す事は禁止ですからね、野良犬野良猫が袋を漁りますんで。」
神妙な顔で正座するカカシの前にイルカも疲労困憊の顔でぺたりと座り込んで、注意事項をその辺に落ちていたチラシの裏に書きとめた。
やっとひと仕事終わり帰りますとイルカが立ち上がって玄関に歩き出せば、待ってと腕を掴まれた。驚いて振り向くと、カカシは困ったように眉を下げてイルカを見ていた。
「カカシ先生、まだ何か?」
立ち止まりカカシの言葉を待っていると、言い淀んだ後是非お礼に夕飯を一緒にと焦ったように早口に誘われた。
イルカは驚きに目を見張る。
「え、いや、でも、」
カカシにはあまり関わりたくないどころか、距離を取ってただの知り合い程度でいたいと思ったのに。一度食事に行って、それで二度と関わらずにいられるものだろうか。
だがイルカの性格からして、カカシの好意を無碍にする事はできない。それに帰ってもあり合わせの食材で自炊するのだから、ふと自分では作れないものを食べていきたいとの思いが頭をよぎり返事を躊躇った。  
「色々教えてもらって本当に助かったので、定食なんかで良ければここの目の前の店でどうかと思って……。」
段々小さくなる声は、イルカが断るのではないかと遠慮がちに横を向いたからだった。それでもカカシはイルカの腕を掴んだまま離しはしない。こわごわと掴まれた腕に目をやり、イルカには何となくカカシの気持ちが解るような気がした。
「はい、ご一緒させて下さい。」
笑って頷けばカカシはほっと肩の力を抜いた。人付き合いって難しくて、と照れ隠しに逆立つ髪に手を突っ込んで痒くもないのにわしわしと頭皮を掻く。
カカシは気難しいわけでもなく自分以外を下に見るわけでもない。先程はイルカに対して不機嫌な感情を見せたがそれは嫌悪ではないと、今確信を持った。
このマンションの前に店なんかあったっけ、と風景を思い出しながらイルカは玄関を出て通路から下を覗く。
「あ、あれか。」
「やっぱりイルカ先生も知らなかったんですね。暖簾がないから、いつ開いてるのか判らないんですよ。」
カカシは部屋の鍵も閉めずに歩き出した。
ベストは着ていない。濃紺のアンダーシャツが、鍛え上げられた身体の筋肉を浮かび上がらせている。後ろを付いて歩きながら、イルカはだらだら歩くだけでも隙のないカカシを忍びとして尊敬に値すると思い始めていた。
「……あんまり見ないで下さいよ。恥ずかしいです。」
店の前でちらとイルカを振り返り、カカシはゆっくり古びた木の引き戸を引いて中を覗いた。
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