加勢しますっ、と勢いよく隣の樹の枝に跳んで来たのはまさかこんな所に来る筈のないだろう人。誰だかは解ってはいるのだけれど、目の端で捉えたその人を自分に納得させる為にカカシは一瞬敵から目を外して横を向いた。
「イルカ先生!」
予想しなかった人物が来たという驚きと何故来たんだという非難が籠められたひとことに、にやりと笑ったイルカが背中から抜いたのは忍刀ではなく金属の定規だった。
その場にいる者全員が、目を見開くか細めるかしてそれを凝視する。
一メートルはあるだろう、鈍く銀に光る定規。よく見れば、目盛りの書いてない方は刀のように薄く研いであるらしい。
持ち運びに邪魔になるからと、本来の忍者刀にはつばがない。イルカの刀もどきの定規にもつばがない。ただの定規でもし手を滑らせて刃の部分を握る事になったらと、余計なお世話だろうが心配してしまう。
だが結論から言えば何の心配もいらなかった。見る間にイルカはなめし革の紐で右手と定規を縛り、振り回してもすっぽ抜けないように固定した。
それから左手で懐から何か丸い物を取り出し、中指に端から出ている金属の輪を通して軽く握り込んだ。それは何なのか、見詰める誰にも解らなかった。
自分の両手に視線が集中している事に気付いたイルカが、これはですねと丁寧に説明を始めた。
「俺教師なんで、定規ならどうにでも扱えるんですよね。でも殺すの嫌いだから、死なない程度に腱を切るか峰打ちにしてます。」
手首を回してその定規でくるりと8の形を描く、それだけなのに異様な圧力が感じられる。
「で、こっちはですね。」
イルカは左手の手のひらを正面に向けて開いた。それは多分大工が木材の長さを計る際に使う、金属製故に金尺と呼ばれる巻き尺だ。校舎の改築で最近出入りしている大工達の相手をするのは主にイルカだったから、現場で見た金尺に別の使い道を見い出したのだろう。
「これって気を付けないと、普通に使ってても指が切れたりするんですよ。そりゃ好都合だなって、ちょっと細工してもっと薄く丈夫にしてもらいましてね。」
どう使っても痛いですよ、と薄く笑い中指をピッと立ててから手首を下へと落とす。まるでヨーヨーのように金尺の本体は下方へ落ち、くいと手首を上げればそれは誰の目も追い付かない速さでイルカの手に収まった。
「まあ大体近距離でしか使えないんですけど。」
使えない奴ですみませんとカカシに苦笑いしたイルカの言葉が謙遜にも聞こえない。それなりに自信はあるのだろうとカカシは思った。
「試しにやってみて。」
そして目の前の木の枝に立つ敵の一人を顎で指す。距離は十メートル程度か。
ピッと糸を張ったような音がし、直後その相手がごふと口から大量の血を吐きながら逆さまに地面へと落ちていった。その男はクナイを振り上げた格好のままだった。
シュルッと金尺が巻き取られ、本体がイルカの手に戻った。
「ええー、それでみぞおち狙ったの? 先生割とえげつない。黒いねえ。」
「いやでも、肋骨は折らずに胃を直撃しただけですよ。」
伸ばしきった金尺ならば剃刀のように薄い両端で首をかき切る事の方が易いだろうに、気絶させる為にガードされやすい身体の正面を狙った。本体には鋼鉄を使い重さは増したがその分威力も増した為に、狙いを定めればかなりの高確率で当てることができるのが子供の手本となるアカデミー教師なのだ。
「俺、逃げる奴なら両足のアキレス腱切っちゃいますもん。」
まだ戦い慣れないのか、恐怖に逃げ始めた若い男の背中にアカデミーで鍛えた声を投げ掛ける。
いやいやちょっと待って。先生、耳に挟んでいるチョークは何に使うの? 腰に下げた黒板を指すそれは教鞭っていうんだっけ、随分しなるけどどういう場面で使うのか教えて? オレが言うのもなんだけど、なんかアカデミーの教師って頭のネジ一本外れてんじゃない?
カカシの疑問はすぐさま目の前で全て解けた。
まっすぐ飛んだチョークは一人の額に半分ほどめり込んで頭蓋骨陥没骨折、教鞭は程よくしなりびゅんびゅん向かってくるクナイをことごとく叩き落としてしまう。
後から駆け付けた同僚教師の両手に握られた黒板で使う大きな三角定規は、そのまま手裏剣の動きで投げれば手元に返ってくる。
やべえ出席簿で受けちまったとクナイの突き刺さった出席簿を仕方無く投げ捨てた者は、代わりを探して懐から輪ゴムの束を取り出した。指を銃の形に構えチャクラを籠めた輪ゴムを遥か彼方の敵に続けて繰り出せば、それは鉄のように鈍い音を立てて敵を樹下に葬っていた。
呆然とするカカシを置いてきぼりにしながら、教師達は生き生きとして残る十数人を気絶させ縛り上げたのだった。
「なんでも武器になるって生徒には教えているんで。」
歯を見せて笑ったイルカに逆らえば、家の中の物は全てが武器になるだろうとカカシはそっと視線を空に向けた。
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