俺からこぼれ落ちたこのかけらが、どうして元通りにはまらないのだろう。尖った角が四つ、ほら落ちた穴と同じ形をしてるのに。

そのかけらを持ったまま、カカシは道端で立ち竦んでいた。
重苦しい結果の任務の帰り道で、上がらない足が地面から顔を出して転べとでも言うように存在する石につまづいてうっかり転んでしまった。幸い薄暮のベールの中にくるまれているのはカカシ一人だけで、それでもいい大人で上忍のカカシが敵ではなくたかが石ころ一つに膝を着かされた事に僅かに赤面してしまった。
舗装されていない道は土とはいえ、大小様々な石ころだらけでかえって痛い。心の痛みを感じなくなっていた任務からカカシをこの世に引き戻す為に身体の痛みを感じさせてくれた点ではありがたいが、それほど疲弊していたのかと理解したその時に何の前触れもなく手のひらに納まる位のかけらが胸からぽろりと剥がれ落ちたのだ。
そう、物理的な問題を無視して着衣の下からぽんと跳ねて地面に落ちたのだ。
音もたてずに着地したそれは、一見して瀬戸物の茶碗のかけらのように見えた。だが拾い上げてみれば硬質な手触りではなく、かといって握り込めるほど柔らかくもなく。
カカシは思わず胸に目をやった。
するとまた着衣を無視し、真っ暗な底なしの穴が見えた。本能的に慌てて押さえる。
手に穴の感触はないが、空気が渦巻く感覚はある。経験上さっき対峙した敵に術を掛けられたわけではないと解るが、謎は気持ち良いものではない。カカシは一応幻術の解印を結んだ。
勿論掛かってはいないので、周囲も自分もまるで変化はなかった。はあ、と溜めていた息が微かな音を伴って自分の耳に入り、カカシは苦笑いをした。
そうしてそのかけらを手のひらに乗せたまま、何故か大通りなのに誰も通らない道のはしっこで佇んでいたのだ。
数分か数十分か、時間の経過は記憶にない。
上下左右がすっかり宵闇に覆われたというのに、正面に人影が浮かび上がっていた。
歩いて近付いてきたのではない。気付けばそこにいた、としか言いようがない。カカシからは五歩も踏み出せば触れられる距離にいるから、幾ら物思いに耽っていたとしてもカカシほどの忍びが気配を読めない筈はないのだ。いやその前に視界に入らない方がおかしいだろう。
誰だ、と思う前にその人物がまっすぐカカシの顔を見て名前が知れる。
イルカだ。ただの顔見知りから知り合いへ友人へ、摺り足で寄ってまた後ずさる関係を何年も続けている。お互いに離れられないが深く関わる事を恐れているのは、だって。
だって、この感情は。
それを圧し殺した顔で、カカシはイルカを見詰めた。イルカもカカシを見詰めていた。
穴が開いたままのカカシの胸は、どんどん冷たい風を取り込んで周囲の温度よりも冷えていく。ぞくりと背筋が震えた。
イルカがゆっくりと歩き出し、それなのに瞬き一つでカカシの前に立った。
気付けばイルカの胸にも穴が見えた。
イルカの胸の穴は、鋭利に尖った角が一つ伸びた三角形だった。カカシは自分の胸の穴を奥まで覗けなかったから、イルカの胸の穴をじっと深く探った。
何もない、夜空よりも真っ暗な穴だった。
自分もこんな穴を抱えているのかと、ただ思った。
それが何を意味しているかなんて考えもせず、でも見ているだけで悲しくなる。
イルカもカカシの胸の穴を泣きそうな顔で見ている事も知らず、じっと穴を見ていた。
突然風が舞った。二人を包んで小さな竜巻が、ふわりふわりと撫でるように二人の周りを囲んで舞った。
その風に煽られて、カカシの手のひらに乗ったかけらが舞い上がった。
そっと握っていたイルカの手の中のかけらも舞い上がった。
二つはくるくると旋回しながら絡まりあって、頭上へと昇る。彼方へと消えてしまうのかと思っていたらそれらはゆっくり降りてきて、向かい合う二人の胸元で動きを止めた。
カカシのかけらがイルカの胸に、イルカのかけらがカカシの胸に、発光しながら埋まっていく。
形が違うのに。
鋭角な先を持つ三角のそれが、見逃す事を許すまじと見開いた目にも解らないままにカカシの胸を塞いだ。同時に行われた事らしく、イルカの胸を見ればやはり塞げる筈のない形のかけらは穴などなかったかのように隙間なく納まっていた。
あんたに填まるなんて。どうして。
一瞬よぎった考えは霧散した。
溢れる想いがカカシを突き動かし、イルカの身体を掻き抱いたからだ。
同時にイルカもカカシの身体に腕を絡める。
もう二度と穴なんて開かないように、ただただ胸を合わせて二人はいつまでもそこで抱き合っていた。
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