にゃおん、とイルカが鳴いた。ちょっと緊張した声の、長い尻尾が見事な真っ黒い猫。
それに応えてにゃあ、とカカシが鳴いた。心配ないよと応えている。尻尾は短いがほわほわとした毛の真っ白な猫。
うにゃ、と口の中で笑いを堪えるのは二人を見ていた夜。正真正銘の山猫だけど少し小さく、見た目はその辺の家猫と変わらない。つやつやした、玉虫のように光で変化する真っ黒とは違う深い蒼。

夜はイルカの口寄せの山猫だけれど、普通の口寄せとは違う意味合いでイルカの側にいる。
イルカの母コハリが夜の身体を乗っ取ろうとした怨霊をその身体に閉じ込め一生を抱えてやると約束したのだが、コハリは夭逝して一人息子のイルカが後を継ぐ。夜の中にはイルカのチャクラが循環し、怨霊を留めているからだ。
その恩恵かどうかは知らないが、任務の際にイルカは夜の意識に乗り移ってまるで猫のように駆け回る事ができた。ただ人間の身体だから夜のように軽々とはいかず、イルカは常々一度猫になってみたいと思っていた。
そうしたら、ある日ぽろりと溢した言葉からこんな事になったのだ。
「猫の視点で見たら、世界はどんな感じなんだろうな。」
床に伏せて夜と同じ高さからカカシを見上げてみた。恋人のカカシは二人分のコーヒーを持ったままイルカを見下ろし、 笑ってうんと頷いた。
「オレもね、忍犬達の視点で見たいなってずっと思ってたんです。」
故あってもしもの時に夜の中の怨霊を抑える為に、ー言い方は悪いがーイルカと契約したカカシは一生イルカと共にある。
二人の言葉ににやりと笑った夜が、なればいいでしょとカカシの部屋からくわえてきた巻物を足元に転がした。
「ただの変化じゃつまらないから、もう少し高等ななりきる術を掛けてみたら。」
その術は意識だけは人間のままで、思考さえも変化した動物になる。猫ならば、猫同士でも人間と見破られる事は一切ない。
「意識が俺なら思考は変わらないんじゃ?」
「行動や味覚などが、意識とは別に変化した動物そのものになるんですよ。」
カカシは知ってはいたけれど試した事はないから楽しそう、と浮き浮きした顔を睨んでイルカは膨れた。
「え、じゃあ米が食べられないって事ですか。」
白米大好きなイルカにはちょっと辛い。
「食べたくないんだからいいでしょ。」
うーん、と唸ってイルカは考える。まあ一度体験してみるのもいいかもしれない。
そうして二人は猫になった。カカシは犬になりたかったけれど、犬だとイルカと共に行動できないから諦めたのだった。

行くわよ、とイルカの姉であり母でもある夜が不安そうな顔を舐めて促すとイルカはほっとしてうんと答えた。カカシは夜のその仕草を自分がやりたかったから、狡い狡いとぐちぐち溢した。
本人達は人間の言葉のつもりだが、発して聞こえる言葉は猫のもの。あれ、と首を傾げたイルカにカカシが教えた。
「なりきってるから猫語でも脳内できちんと変換されてるんでしょう。混乱してる? 大丈夫?」
確かに聞こえる言葉はにゃおにゃおだけど、カカシの言う言葉がちゃんと伝わっている。不思議すぎてイルカはそれ以上を考える事をやめ、大丈夫ですとカカシに返事をして顔を擦り寄せた。
「あらあら、皆に見せつけるつもりなの。」
無意識の行動はまるきり猫で、カカシもイルカも頬を染めたが毛皮で顔色が変わらない事に安堵した。
塀の上を夜を先頭に一列に歩く。道の向こう側の塀の上に陣取る威厳のある白黒のぶち猫は、この辺りのボスだと勘で判った。
「よう夜、新入りか?」
「まあね、ぶっちーこそご苦労様。」
あんなにいかつくてぶっちーだって、似合わないよね。あいつ飼われてる家でそう呼ばれてるんですね、名前だけは可愛いなぁ。
ぶっちーに頭を下げて通りすぎた後に可笑しくて笑った声は、猫のうにゃうにゃという声でしかなかった。
出会った猫達全員の名前は人間が付けたものだった。猫には人間の言葉が理解できない筈だとイルカが聞くと、お互いに理解しようと思えば通じるのよ、と夜は優しく諭した。目を見て何度も呼べばそれが自分の名前だと認識し、飼い主の愛情が解るから胸を張っているのだ。野良猫だとて、もしも名前を付けられたらその瞬間からその名を名乗るのだという。
「じゃあ…名前のない野良猫に、俺が名前を付けてもいいのかな。」
なんだかイルカは嬉しそうだ。
「いいけどね、あたしはそいつの名前は認めないわ。」
ぷいと横を向いた夜に、どうしたんだと声を掛けたがイルカは無視され先に進まれてしまう。カカシがこっそり教えてやる。
「やきもちですよ。」
きっとイルカは名前を付けたら愛情を注ぐ。夜にだけ向けられている顔を、そいつにも見せるだろう。
カカシは夜が見つけたイルカの片割れだから構わないけれど、夜にはイルカしかいないのだ。
不遇な夜の身の上を思い出してちょっと反省し、イルカは夜の脇に立つと子猫のように甘え出したのだった。
遥か後方でカカシが売られた喧嘩を買った理由が、やはりやきもちだとは知らず。


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