イルカは料理を作るのが好きだ。
一人っ子の鍵っ子で、忍び夫婦の家は大抵そんなもんだと思っていたが。どうやら世間は違ったらしい。
「俺はな、いつも親のつけで食堂に行ってたぞ。」
「うちは飯なんて、ふりかけでも茶漬けでもいいって言ってた。」
イルカは三才で握り飯を覚えさせられ五年後には魚を捌けるようになった自分を、当たり前だと思っていたのだが。
「お前んち、金がなかった訳じゃ…。」
両親は上忍だったから、稼ぎは良かった。
「実は女だから、不細工でも嫁に行けるように仕込まれた?」
みぞおち一発で我慢してやる、とイルカは唸った。
「いやもう、お前が嫁でいいよ。毎日こんなの食えるなら。」
男どもが今にも手を伸ばしそうな、きらびやかで食欲をそそる料理の山が目の前にある。
お大尽様の重箱が三段で二つ。傍らには男が抱えきれる限界の大きさの、ちらし寿司の寿司桶が一つ。
更には桜の花びらが浮く透明な和菓子が、切り分ける前提で豆腐屋かと思う大きな木枠に納められていた。
花見。
五代目火影の綱手が、就任後初めての春に花見をしたいとのたもうたからだ。
暇な奴は来いと言うのは良いが、朝陽を拝む時間から内勤の者達が支度をさせられた。
一応料理は仕出しを頼んであったが、作れたら持って行こうと女性陣は相談をしていた。材料費を出してもらえるなら構わないわと。
「ねえイルカ先生。これ、あたしが作ったって言っちゃ駄目?」
愛くるしいぽっちゃり顔の女性教師は、その容姿通りに人懐こく好かれやすい。つまり図々しいが甘え方が上手だったのだ。
構いませんよ、とイルカは頷いた。男が作ったなんて聞いて、食欲が失せても申し訳ない。
浮き浮きと重箱を抱えて、集まり始めた輪の中に彼女は入って行った。
やがて綱手も現れて、宴会は始まった。
女性教師は全員どこかのグループに拉致され見目の良い男も引きずられていって、残されたむさい野郎どもも端っこに割り込ませていただいた。
イルカがアスマに呼ばれた先では、自分の重箱が話題となっていた。あの女性教師は、カカシの隣でそれをしきりに勧めている。気乗りしていない様子で、それでもカカシは煮物を美味いと誉めてくれた。
覆面のままで食べているように見える不思議に、イルカはじっとカカシの口元を見ていた。
箸を口に寄せた後、摘まんだ肉団子がすっと消えた。咀嚼して、嚥下して、満足そうに頬を緩める事は判る。
そうか気に入ってくれたか、とイルカの頬も緩む。カカシの味覚に合わせたから、当然の事だ。
何回か、食事の先で出会って席を共にした事がある。だから味付けの好みを覚えてしまったのだ。
―ちなみにそれらの席でのカカシは、イルカには素顔に見えていた。
今日のイルカの料理は、誰が食べても美味しいと思うだろう。けれどカカシの為に甘味をほんの少し抑え、だしを効かせてある。
解ってもらえて嬉しい。イルカの耳が、酒ではない赤い色で染まった。
カカシが女性教師に美味しいですと微笑む。嬉しいと身体をすり寄せながら、まっすぐ見たその目がイルカを牽制する。何も言うなと。
そうだ、あれは彼女が作った事にしたんだ。
イルカは黙って目を反らし、酒を飲み続けた。二人向こうのアスマが、ふと心配そうにイルカを覗き込む。
「やだな、もう大人なんだから酒くらい飲みますって。」
とイルカは明るく笑った。
子供の一時期お世話になった猿飛家でもたまに料理は作ったが、それをアスマは知らない筈だ。単に飲みすぎを心配されているのだろうと、イルカは気安くアスマに酒を勧めた。
「ん、甘い。」
独り言を拾ってしまったのは、その声の主がカカシだったからだ。喧騒の中でその呟きを聞いたイルカは、あちゃあと手で口を覆った。
カカシはあまり甘いものが好きではない。ほんのりと甘いならいいんだけれど、とお気に入りの卵焼きを頬張って喜ぶからその味を覚えたのに。
あれだけの量をひと晩掛けて作っていたから、今朝は眠さに負けて最後の卵焼きの味見がいい加減になってしまった。甘いとは思ったものの、カカシが食べるとは限らないだろうと自分に言い訳をして少し仮眠をとった。
そして、それを忘れた。
作り直せば良かった、と眉が寄る。もしくは卵焼きを外して野菜でも詰めれば良かったのか。
「まあ、旨いけど。」
誰に聞かせる為でもないだろうけど、イルカはほっと肩を揺らした。
お気に召して嬉しい。また作ります。
女性教師が可愛らしく言えば、無視をしたカカシがイルカを見た。
「今日も美味しいよ、イルカ先生。」
まるで一緒に暮らしてでもいるように、カカシははっきりと言った。
一瞬時が止まり、わあっと盛り上がる。
え、作ってあげた事はないけど…。
うん、これから毎日ね。
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