したたかに酔って、それでも忍びは現実からは逃避できない。
「カカシ先生は、いつ現場に出なきゃならないかと思ったら飲んで楽しむのも面倒になりませんか。基本外には出ない俺ですら、ここまでって自然にブレーキが掛かるんですよ。つくづく嫌になりますよねえ。」
絡むようなイルカの言葉に全くだと大きく頷き、カカシは冷えたコップに右の頬を付けて気持ちいいと目を瞑った。
「いつも呼び出さないって約束させるのに、守られた事は少なくて。こうやって酔ったの、久し振りです。」
「えー、じゃあ今日もまずいんじゃないですか?」
そう言いながらも、イルカは空いたカカシのコップにビールを注ぐ。それから自分の為に、もう一本と人さし指を立てて注文した。そういえばイルカがどれだけ飲めるのかは知らないが、今日はブレーキが掛からないのだろうか。既にイルカの意識は大分怪しいと思うが、ここで止めるぺきか否かとカカシは沢庵を噛りながら迷う。
本当に帰らなくていいんですかと何故かイルカは小声で囁き、ぺたりとカカシに身体を寄せてきた。体温が伝わるから、追い出そうとしても消えない下心のせいで酔って速くなった脈が更に加速した。
平静を装う為の言葉が物凄く演技っぽくて、カカシは自棄になり始めた。
「いいのいいの、休みって言われてるんだからいいの。もし呼ばれたら、無言の抗議で二日酔いで行ってやります。」
「それ、俺も一緒に怒られるんですね。いいですよ、共犯です。」
カカシに遠慮なく大きく口を開けて笑いそのまま欠伸をすると、やがてイルカの首が前後に傾き始めた。
そろそろお開きにしなければと思うが、こんな楽しいひとときにそう言い出すのはとても惜しい。声を潜めたイルカの表情と共犯だなんて秘密めいた言葉に、カカシの胸はときめいている。
「これ夢かなあ……。夢なら覚めないで欲しいな。」
カカシの呟きを聞いてイルカが顔を上げた。
ふにゃりと笑った顔がなんだか子供っぽいのは、邪気のない笑いだからだろうか。今だけ、オレだけに向けられたその笑み。どうか、もう少しだけ。
「夢ですよねえ……、うん、都合のいい夢だ。」
イルカもふわふわと現実味に乏しい現在の状況が楽しくて怖い。
そうか夢かぁ、夢だぁ、と二人勝手に決め付けてへらへら笑い出した。本人達にはまだ自己と他者の区別はつくが、端からは明日にはこの場での記憶はないんじゃないかと心配な泥酔一歩手前に見える。
「お二方、ちょっと今日はうちの都合で申し訳ないんですが、そろそろ店じまいなんですよ。また明日ゆっくり来てくだせえ。」
「あれ、何、もう閉店? イルカ先生帰れる? オレうちまで無理かもしれない。」
「やだなーカカシ先生、実は俺も、帰り方判りましぇん……へへへ。」
酒を止めさせるには閉店だと言えばいい。実はまだ閉店までは三時間あるが、二人が此処で眠ってしまったら困るのは店側だ。
とりあえず外に追い出せばいいだろう、道端で寝ても忍びが死ぬわけがない。
店主のそんな思惑も知らず外の冷えた空気に晒された二人は、気持ちいいねえと言いながら歩き出した。何処に向かうのかはどちらにも判らない。ただ帰る為には歩き出さないといけない、と思っただけだ。
肩がぶつかる。たたらを踏む。
「おっとカカシ先生、まっすぐ歩かないと川に落ちますよ。」
「あれ、川なんてあったの。じゃあイルカ先生が手を繋いで下さい。」
「よし、カカシ君は勝手に何処かに行っちゃうから、先生が面倒を見よう。」
「はーい、お願いします。」
イルカはカカシの右手を取り、指と指の間に自分の左手の指を一本ずつ押し込んでいった。ぎゅうと握るとわーい恋人だぁとカカシが囃し、先生と生徒でそれはいけませんとイルカが大袈裟に照れる。夢の中だから言えるけどぉ、はーい夢の中だからどんとこいですよぉ、と暫く寸劇を続けながら暗闇の中、二人は千鳥足で歩き続けた。

朝になってイルカがいつもの時間に目覚めて、思考より先に目の前に眠るカカシの顔が頭を占める。
もう一度目を瞑る。どうして自分のアパートの玄関で靴を脱ぎかけで、カカシに腕枕をされて床に寝ているのだろうと考え始めた時。
カカシが目を覚まして、驚愕にひくりと身体を震わせた。しかしそれだけで終わり、イルカを抱く手が緩む事なくどうも見詰められているらしいと気付くと羞恥に身体中が少々汗ばんでくる。
イルカ先生を起こさなきゃ、さあ勇気を出せはたけカカシ!
「あの、イルカ先生……おは、よう。」
良かった、カカシ先生から話し掛けてくれた。いやだけど、このあとはどうしたらいいんだ。
諦めて目を開けば、必然的にじっと見詰め合う。
夢で会えたら、なんて思っていたけれど。
夢から覚めてもその人はいて。
思いきって二人同時に口を開いた。

それから二人がどうなったかなんて、まあ推して知るべしって事だ。
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