32


「巻物の中で、あたしはイルカの事をずっと見ていたの。」
カカシにも聞こえるように、夜はぴんと張り詰めた声で当時のイルカの様子を語り出した。
ひとりぼっちになった時には泣きつくして涙を枯らし、そうして人前で泣かなくなった事。誰にも寂しいと言えなかった日々。
繰り返す悪戯を三代目と末の息子のアスマが説教すれば、親身になってくれていると嬉しかった。だから道から逸れる悪事には手を染める事なく成長でき、同じ道を辿るナルトについ肩入れしてしまった。だが彼が手を離れて見守るだけの今、何をしてやれたかと自問自答してはたまに心の決壊が崩壊して涙が零れる。
夜に隠れて泣いた事も暴かれ、それでもイルカは違うそんな事はないと首を横に振り続けた。
「ナルトがいつも言ってます。」
夜の言葉が途絶えると、ぼそりとカカシが話し出した。
「命を掛けてくれたイルカ先生に、火影になって一番先に恩返しをするんだって。」
台所の隅の壁に寄りかかり立てた膝の間に頭を埋めて丸くなったイルカの背の中程に、カカシはそうっと指先で触れる。ちょうど怪我をした辺りだ。
元同僚がナルトを利用し禁術の巻物を盗ませた時には、ただナルトを守りたくて自分の身を犠牲にした。忍びならばまず相手と戦うべきだと解ってはいたけれど、人として親代わりとしての思いがナルトを守る事を優先させた。
お前の命の方が重い、あんな奴を庇う事はなかった、と誰彼となく叱責されたが後悔はない。いつかナルトは里の希望になるのだと、度毎に反論し返した位だ。
「オレもその話を聞いてそんな庇い方は馬鹿だなあって笑ったんだけど、振り返ればナルトの支えになってる貴方が羨ましかったんです。」
カカシは手を引っ込め、自嘲気味に微笑んだ。
「違うな、貴方にまっすぐ向かうナルトが羨ましかったんだ。そしてそんな感情はいらない、だから貴方に興味がないと思い込もうとした。」
自分に確認するように呟き、でも無理だったねと夜に向け両手を上げた降参のポーズを取ると気付くのが遅すぎると怒られた。
「率直にカカシの気持ちを教えてもらっていい?」
にやりと笑う夜に唐突だねえと苦笑し、カカシはイルカの正面へと移動した。
「イルカ先生、よく聞いて。オレは貴方が好きなんだ。人として仲間として、そして恋愛対象として好き。」
イルカの腕が抱えていた自分の脚を更にきつく抱え直した。膝の間の頭は動かない。現実逃避し、卵のように丸くなって殻に閉じ籠りたいのだ。
その理由は、夜には解りすぎていて。
「イルカ。」
顔を上げろと夜が促してもそのつもりはないようだ。
「イルカが数日でもチャクラを溜められるなら、カカシが毎日引っ付いてる必要は基本的にはないのよ。女のところから通ったって構わないの。」
びくりとイルカの肩が跳ねたが、まだ丸くなったまま。夜の声が尖っていく。
「女を抱いたその手であんたの手を握る。それでいいの?」
やめろ、とカカシが咎めても勢いは止まらない。
「カカシだって、自分に振り向かないイルカをいつまで好きでいてくれるか解らない。義務として最低限のチャクラを流して、他の時間はカカシを大事にしてくれる女と一緒にいる事もできるのよ。」
決してそれはないのだが、あまりの夜の憤りにカカシは口を挟む事ができない。
夜の背中の毛が逆立ち、喉からは地鳴りのような咆哮が聞こえる。ふうふうと息を吐き興奮を抑える夜の、四肢の爪が木の床をかりかりと掻く音が異様な緊張を増幅させる。
やがて嫌だ、とイルカが緊張を破った。次には小さいけれどはっきりと、そんなの嫌だと涙混じりの震えた声で夜に答えた。
丸くなったまま、イルカはぼろぼろと本音を溢し始める。
「俺だって、カカシ先生と一緒にいたい。ずっと、ずっと、チャクラをもらう以外の時間もカカシ先生といたい。でも、怖い。こんな気持ちになっていいのか解らないから、俺なんかがカカシ先生を…、」
「うん?」
つまづいた言葉の先をカカシが促せば、イルカは袖で目を隠しながらもほんの少し顔を上げた。
「男の俺がカカシ先生を好きでいいのか、解らないんです。」
ああなんて可愛い人、抱き締めたい。でもそれはお互いの気持ちが重なってからだ。一体感だけで暴走しては、いつまでもこの人の心は開けないまま。
「ねえ聞いてた? 男のオレが同じ男のイルカ先生を好きだって言ったんだけど。」
仕方なく顔を覗き込むだけに留めたが顔を見ればキスしたくなり、不味いよなぁどうしようとカカシは途方に暮れた。
「あたしはイルカの家に戻るわ。」
ごゆっくり、と突然夜が消えて余計に焦燥がカカシを襲う。そんな葛藤を知らずイルカは顔を上げ、驚愕に極限まで見開いた目でカカシを見詰めた。
「俺は、カカシ先生を好きでいていいんですか。」
「勿論。でないとオレが困る。」
臍に力を籠めて動揺を堪え、カカシは蕩けるような声で応える。その言葉でカカシに飛び付いたイルカは、ぎゅうとその背中に腕を回した。



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