15

「おれが捕まる筈だったのにぃ。」
イルカが驚きのあまり抱き着いたままだったから、悪戯で抱き返せばナルトが狡いとカカシに地団駄を踏む。
すると騒ぎを聞きつけ、誰か来たと言いながら知らない子供達が何人も集まってきた。
「おう、こいつも仲間か。」
犬歯が尖った男の子がサスケを振り返るが、知らんと言われておかっぱの女の子がきっとそうと小さな声で頷いた。カカシを見詰めるその子の目は真っ白だった。
仲間、という言葉に反応し、それぞれ同時に自己紹介を始めてカカシは戸惑った。
中にはサクラのような純粋な人間の子もいるが、大抵はあやかしの血を引くらしい。犬歯の尖った男の子は狼犬を祖先に持つと胸さえ張って、自慢げに仁王立ちで笑う。
「畠様は認められたようでございます。」
イルカがカカシの両手を取り、恭しく自分の額の高さまで持ち上げた。心がふわりと軽くなった気がしてそうか漸く心の居場所が見付かったのか、とカカシは知らず大きな息をついた。
身の置き所はあれど心はさ迷っていたのだ。それが解らず修行を重ね揺らぐ何かを押さえ込んではいたが、なかなか自制心が働かない。肉欲ではない、女を抱けば虚しさが更に募る。
「これでイルカ殿と一緒にいられるのか。」
細い繋がりでもイルカと会う口実にはなるから。更にはずっと側にいられるかもしれない、と欲は募る。
呟きは子供達の声に消され、誰もカカシの想いに気付かなかった。
「じゃあ、おやつにしながらお作法を習うからね。」
えー嫌だあ、と口々に喚きながらも台所に走っていく。一番乗りを目指す事さえ彼らの遊びだ。
残されたカカシとイルカは、肩を並べて台所に向かった。自分の歩幅に合わせて小走りになるイルカにすまない、と歩を緩めたカカシがぼそりと話し始めた。
「後はヒルゼン殿が番屋に確認できれば、イルカ殿は…。」
「はい。」
話が続かない、理由は言わずもがな。
「松田様にも飛脚を遣わせました。」
「はい。」
「私は貴女が心配です。」
松田からの返事を待つ間、カカシは木乃葉屋に部屋を取りイルカの側にいたいと言う。それは主君もそう思っている筈だと。
「あたしに聞かないで下さい。」
動き出した運命は、当事者が傍観していなければならないものだった。そしてイルカには是非の権利などなく、他人の思惑に振り回されて人形のような一生を終えるのだろうとぼんやり思う。
カカシが何と慰めればいいのか言葉を探していると、台所から子供達が顔を出し二人を急かした。
子供達の世話でそれきり話はできず、また子供達が帰るのと入れ違いにカカシはヒルゼンに呼ばれて急げと走らされる。
「畠殿にはイルカを支えてもらい、非常に感謝しておる。」
ヒルゼンの言葉にああここまでなのだと、カカシは安堵よりも喪失感に力が抜けた。
「イルカ殿をお守りするのが私の役目ですので、当然だと思っております。」
「後は当時の番屋でわしにイルカを託してくれた者達に会えれば、その者達を証人として松田様にイルカをお目通ししていただく。」
「きっと松田様はお喜びになられますね。」
定番の文言がすらすらと口先から出ていく。いたたまれずに屋敷で飛脚を待ちます、とカカシは立ち上がって逃げるように木乃葉屋を辞した。
ヒルゼンが掛け損なった言葉を知る事なく。
「どう見ても想い合ってるようなのだがな。」
煙管の灰を落とすと力任せに葉を詰める。詰めすぎて燃えきらずに、立ち上った煙が辺りを白く霞ませた。
「親父、あいつにイルカをやりたいか。」
アスマが腕を組んで片頬で笑っていた。ヒルゼンが不機嫌になったと解ったらしい。
「お前はどうなんだ。」
問いには答えず聞き返したヒルゼンの前に、アスマは腰を下ろして煙草を取り出した。
「親父と一緒だ。あの若造は、イルカを任せるに足りる。」
うむ、とヒルゼンが唸るような返事をした為に、アスマが浮かない顔の父親を窺った。
「あれか、父親の松田様が認めればイルカが母親のようにどこかに嫁入りするんじゃねえかって、心配してるのか。」
間を置いて言うか言うまいか悩み、決心したようなヒルゼンの小さな呟きがアスマの耳に届いた。
「宇美濃の血筋は京に繋がっておった。」
「なんだって、そりゃああの小僧の手には負えねえ事だな…。」
イルカの母コハリの家がイルカを認めれば、松田家と同格かそれ以上となるだろう。だからこそ松田がどういうつもりで母娘を探したがっていたのか、その辺りを隠して理由を聞こうというのだ。
「だがな、松田様も我々の裏をかくような事をしなさるから。」
「親父?」
「いや、すぐ解るから気にするな。松田様も領地住まいを繰り上げて、あとふた月で江戸に来られる筈だ。」
帰ったばかりだというのに。
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