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十二月 その四
ひと晩たったらゆうべの事は少し遠くヘ追いやられたようだ。イルカは更にふっ切るかのように、背を伸ばし正面を見据えて廊下を闊歩する。そうして今までも生きて来た。知らず切り捨て、くるみ込み、泣けない自分を忘れて。

授業が終わって、今日のイルカには他の仕事は無い。
上忍待機所に寄ってみれば、紅が居た。早速打ち合わせに入る。
幻術しかないわね、他の奴らには出来無いでしょ、と第一人者の自負がある。二人膝突き合わせ、演目を決めるのに小一時間が過ぎる。
「こども相手って大変よね、あんたもよく勉強してるじゃない。」
と紅はイルカの知識に驚くが、イルカは
「教師ですから知識だけなんです、私は。」
と謙遜する。上忍に対して媚びる事もしないその態度に紅は、可愛いと抱き締める。そこへアスマが入って来て、オレのイルカに触るんじゃねえ、とふざける。遅れてガイが間に割って入って、部屋の中は楽しそうな華やいだ空気になった。
それをカカシは黙って、入口に佇んだ侭見ていた。もう少し前の自分なら、まだあの中に入って行けたんだろうな、と虚ろな目をして。
そんなカカシを見付けたのは、やはりイルカだった。振り向いたその笑顔にどきりとして、カカシは慌てた。
「カカシ先生、お帰りなさい。お疲れ様でした。」
「あー、只今戻りました。あのこれ、イルカ先生にお土産です。」
と差し出したのは、真っ赤な林檎が詰まった箱。
「こんなに一杯、いいんですか。」
イルカは頬を染めて、箱の中の林檎を眺める。お礼にこの林檎を使ったお菓子を作ります、一人じゃ食べ切れませんから。と言われて、いいなあと周りが騒ぐ。やらねーぞ、とカカシは自然に振る舞えた自分にほっとする。イルカはくすりと笑って見ている。
あ、いつもの感じに戻ったかも、と二人思う。

では今から打ち合わせして宜しいですか。イルカは礼儀正しく頭を下げた。
アスマは腕組みしてうーうーと唸った揚げ句、やはり忍具の使い方だろうな、と服のあちこちから手裏剣やらの武器を出した。イルカも資料でしか見た事の無いものもある。名前だけでも知ってんのは凄いじゃねーか、とアスマにも褒められるのは恥ずかしいが嬉しい。
ガイは親指を立てて体術だっ、と笑う。いきなり立ち上がり、型を説明し始めた。思わずイルカも立ち上がりその相手になった。
決して広くはない待機所の中に腕が脚が飛び交うが、器用にそれを避け普通に動きお茶を飲んだりするのは流石上忍達だと、目で追いながら感心するイルカも流石ではないか。
カカシの演目はなかなか決まらない。写輪眼はこどもには難しいよね、でも噂だけが先行しているから、この際きちんと教えといてもいいんじゃないか、と議論は白熱する。
そこへあの男がやって来た。戸口から顔を覗かせて、火影様の呼び出しだ急いで、と言う。元締め、と呼んだイルカに不思議そうな顔を皆するので、進行統括なのでそう呼ばれてます、とイルカは説明する。因みに私はマネージャーだそうです。皆さんのお世話を致しますから。毎日の生活も厳しく管理しますよ、と笑いながら元締めと呼ばれる男に並んで歩き出した。
急ぎだ、とイルカの肩を抱くそいつにカカシは無理に笑顔を作ろうとしたが、どうにもならなかった。
イルカが振り返り、ご迷惑でなければ林檎を預かって頂きたいのですが、と言うのに紅がカカシのうちに置いとくわ、と勝手に決めた。えっ、と驚きながらもお願いしますと笑顔をカカシに向け頭を下げて、肩を抱かれた侭走り去る。カカシは男を睨み付け続ける。
イルカ。あの笑顔が欲しい、と心の奥底で渦巻く想いが蛇のように鎌首をもたげたのを自覚した。
オレ以外を見るな、オレ以外を語るな、オレ以外を触るな。
噴き出しそうな感情を両手に握り込み、叫び出しそうな言葉を腹に飲み込み、カカシは笑顔を僅かに口の端に乗せた。
その様子にアスマが気付いた。こいつ、昔の顔に戻ってやがる。
素早く紅とガイに危険を告げる。血を見る事だけは止めなくては、犠牲者は出したくない、いやしかし今のカカシは自分を消す方に走るかも知れない。
一瞬の内に決めた。カカシを止めるために、イルカに話を聞いてもらわなければならない。それだけできっと、救われる。

紅は職員室に寄り、帰りに必ずカカシの家に寄るようにとイルカへの伝言を頼んだ。
カカシは林檎の箱を持ち帰る。アスマはイルカの誤解を解くのにいいだろうと、家で待つように言ったが、もとよりカカシには何をする気力も無く、暗くなる家の中でずっとただ寝転んでいたのだった。
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