六代目火影はとうに三十を越した。そろそろ後半だ。
干支がひと回り以上も下の、上忍師時代の元部下達やその同期何人も既に結婚している。
彼らは言う。何故結婚しないのですか。
カカシは答える。何故結婚しなきゃならないのか。
ああそうか、相手がいないからだ。好き合った人がいれば、おのずと一緒にいたくなって独占したくなって結婚するじゃないか。
たまたま時間に余裕のあった元部下達と、その元同級生達数人の立ち話。
「なあ、カカシ先生って今までそういう人いたのかな。おれ気が付かなかったってばよ。」
「俺今勉強の為に六代目に付いてるけど、女の影は全くないぜ。独身貫くかもって昨日も火の国の客に笑って言ってたし。」
ナルトもシカマルも自分達が幸せだからか、カカシの恋愛には観察眼が働いていないらしい。あれだけ判りやすいのに、と女達は首を傾げる。
「お父さんが日向なら火影につり合うとか頑張ってたけど、全部相手の写真も見ずに突き返されたらしいわ。」
「もったいねえなあ。」
ヒナタの説明にキバはそれを自分に回して欲しいと溜め息をつく。
「ねえねえ、私達が動いても黙って見ててくれない?」
サクラがにっこりと裏の顔で笑った。
「それって、カカシ先生に結婚相手を探してあげるって事か?」
まあそのようなもの、と濁されナルトが助けを求めた頭の回るシカマルにも解らない。
「お前ら、相手に心当たりがある様子だな。」
「まあね、一から探す必要はないのよ。」
サクラの言葉に片眉を上げて任せたとシカマルは踵を返し、十幾つ目かの鯛焼きを頬張るチョウジの肩を抱いて去った。男達が消えるといのが楽しそうにサクラとヒナタを交互に見た。
「それで?」
「ヒナタ、日向は美人揃いで知られているのに写真すら見ないの?」 
「サクラちゃんの方が火影様の近くにいるんだもの、判ってるでしょ。」
あたしだって、といのが語気を強めて割り込んできた。
「イルカ先生ね。」 
「しっ、名前は出さないで。誰にも聞かれないように進めなくちゃ。」
サクラに手招きされ、三人は額を付き合わせる程近くに寄って小声で話を続ける。
「サクラ、どうする気なの。」
「カカシ先生が動くように仕向けるの。私達はただ噂を流せばいいだけよ。」
「いのちゃんの出番ね、任せるわ。」
ものの五分で相談は纏まり早速動き出す。
現在イルカはアカデミー初の女性教頭候補筆頭の主任、しかも三十才になったばかりと異例の大抜擢になりそうだ。先の大戦からずっと復興に忙しくて独身のままだが、周りの仲間達も同様だからまあいいかと流されている。
主任は案外忙しい。火影が校長兼任の為に何かにつけ最終判断はカカシを仰がなければならず、現教頭の足として動いているのだ。
カカシの元に持ち込まれる見合い写真は他国からも毎日のように郵便で届く。そしてイルカは毎夕アカデミーの報告に火影の執務室を訪れて、必ずそれを目にしているのだった。
「六代目、先週の件ですが。」
「はい、イルカ先生。えーとどれ?」
「校舎増築の件です。」
「あーこれ、判を押しておきました。……ところであなた、結婚前提の交際を申し込まれたとか聞きましたけど。」
空気中の何かがちりっと肌を刺激したような気がして、イルカは思わず二の腕を擦る。カカシの不機嫌そうな様子に、イルカはその顔を覗き込んだ。
「カカシさん、相当疲れてますね。お時間取れたら今日辺り飲みに行きますか?」
元々気安い仲だ、イルカはいつものように話し掛けた。
「いや、ごまかさないで答えて。三十になったから慌てて誰かとお付き合いするの?」
身を乗り出したカカシの真剣な顔に、イルカの瞬きは止まった。
「そん、そんな話はありません。」
「嘘、ちゃんと裏は取れてる。あなた結婚なんて当分無理だって言ってたのに。だから俺、あなたが落ち着くの待ってたのに。」
「ご自分こそ、この山積みのお見合い写真の中に素敵な人がいらっしゃるでしょうに。」
かっとしてカカシの言葉を聞き流し、もてまくりの男が三十女を蔑むように取ってしまった。決してそんな人ではないと知ってはいるのだけれど。
先程小さな生徒から先生は何故結婚しないの、と無邪気な顔で聞かれた。明らかに親に聞いてこいと言われた様子だが、笑顔でもう少ししたらねと答えておいた。ほっといてくれとちょっと怒りを抱えたままでいたものだから、ついカカシに対して喧嘩腰になってしまったのだ。
「お疲れ様でした、失礼します。」
「えっ……、」
さっさと部屋から退出し、イルカは手近な者達と飲みに行った。
「お前、何を荒れてんの。」
「いやまあ社会の理不尽さってものにねえ。」
だよなあと同感し頷いた皆に次から次へと酒を注がれて、返礼にと溢れる程注ぎ返す。お開きの頃には全員ぐだぐだで人の心配などできる筈もない有り様だった。
自分はまだ正気だから帰れると思っているのが酔った証拠だ。イルカはこけた拍子にごみ袋の山の上に飛び込んだ。泥酔したイルカがごみ集積所で眠っているところを、明け方まで仕事をしていたカカシが拾って持ち帰ったのがその日の事。
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