補給隊は十人、駐留隊は三十五人。すぐ準備に掛かり、直前に温め直すだけに鍋を作り、有事に備えて片手でも食べられる握り飯を握っておく。
元々その為に来た慣れた女性陣に任せれば、井戸端会議のついでにあっという間に仕度は終わった。
里へは翌日の朝食を作ってから立てばいいとの事、補給隊も夕食の時間まで休憩をもらった。

そして鍋を温め直し始めると、匂いにつられてちらほらと集まり出した。集合の合図はいらないだろうと、隊長は欠伸を噛み殺してぼうっとそれを見ていた。
カカシが出てくると、一同がざわめきたった。顔の鼻から下は手拭いで隠してはいるが、上半身に服を着けていない。初めて見る姿に、動揺と興味がない交ぜに視線が注がれていた。
鍋に近付くその後ろ姿に、小さな悲鳴と蛙の潰れたような声が辺りから漏れる。カカシの白く戦闘傷のない背中に、見てはならないものを見たからだ。
右と左にほぼ均等に走る、長く紅い線。
それは―真新しい引っ掻き傷。
誰よ、と女の震えた声が聞こえた。そうだ、それ以外にない。皆はただ黙ってカカシを見ていた。
鍋の前に立ったカカシに、何故かイルカは責めるように言い募っている。
「裸でいる必要はないでしょう、服を着て下さい。」
「んーそうね、忘れてた。後で着るよ。」
睨むイルカの頬が染まっている。
あ、とまた皆が気付くのは、イルカの首元だ。
少しほつれた結い髪はともかく、両の耳の下と喉仏の上の柔らかな皮膚に、小さな紅い痕が見える。
痣、ではない。傷、でもない。
昼すぎに到着した時にはなかったもの。
キスマークよね、と呟く女に視線だけ動かした。もはやその場の全員が動けない。
何故カカシの背に引っ掻き傷が、何故イルカの首にキスマークが。
「あ、そうか。」
隊長が髭を撫でて唸った。
「何ですか?」
「今日は何日だ?」
小声で交わされる会話に、部下達は首を捻った。
「五月二十六日です。」
「あれだ、カカシに祝わせたかった綱手様の温情だ。」
誰も、さっぱり意味が解らない。
「綱手様の温情…ですか。」
こちらで会話している間も、カカシとイルカは小競り合いを続けている。
「それより、あの二人を止めなくていいんですか。イルカ先生が上官に逆らって殴られるなんて見たくないです。」
教え子の一人が気色ばんで、隊長に詰め寄った。
「まあ大丈夫だ。見てろ。」
そう言う間に、カカシがイルカの首に手を伸ばした。
「え、そんな。」
誰かの小さな叫び、途端にごんと鈍い音がしてひいと目を瞑る。まさか殴り飛ばされているのではと教え子達がそっと目を開けると、カカシが頭を押さえて俯いていた。
「なんで、見える所に痕なんか!」
首を両手で押さえたイルカが、カカシを怒鳴りつける。
「だって、ひと月我慢したんですよっ!」
カカシがイルカを抱き締めた。
何だ、この展開は。
「あんたの誕生日に会えて、とっても嬉しかったオレの気持ちが解らないんですかっ!」
ぶちゅうと音が聞こえたような気がした光景は、カカシがイルカを隠すように抱き込んだから細部まで見えなかったけれど。
「そういう事?」
「だ。」
隊長を振り返れば面倒なのか語尾だけで返事をし、背を丸めて踵を返している。
夕飯はもう少し先だなと、一同は痴話喧嘩を一種の娯楽ショーと思い込んで見ている事にした。
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